木質生命化学研究室

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「微生物が作る小さな分子で命を探り、ヒトを助ける」2009年5月25日

  研究員のS君が、「研究室のアイデンティティーが明確になるような判りやすい何かが必要だと思います」と提案してくれた。私が北大に赴任した時に4年生で博士課程まで進学してくれた、いってみれば一番弟子ということになろうか。

 木質生命化学研究室は、学部学生から見ると何やら難しそうな事をやっているようだが、ピンとこないところもあるらしい。有機化学がアイデンティティーの中核をなすことにはなるが、目指すものが明確ではなかったように思われる。大学院改組で、研究室の名称を木質生命化学に変えた時、寺沢 実先生(当教室2期生)に「木質生命化学、いいじゃないですか。榊原先生(当教室初代教授)が『生命科学をやっていたら、どんなに充実していただろうか』と、よく云っていたぞ」と励ましていただいた。危機に陥りそうになるたびに、それとなく救いの手を差し伸べてくれた大先輩に、そう云ってもらえたのは嬉しかった。

 北大赴任直後の「シルバ」第71号に書いた文章を見ると、「人に歴史があるように、研究室にも歴史がある。リグニン研究から始まり、抽出成分、パルプ化の開発へと引き継がれてきた。次は生命科学ともリンクさせた新しいフィロソフィーで研究室を運営することを考えている。農学部は大改修に入り研究室も刷新される。新しい革袋には新しきワインを。学生や研究者がわくわくするような研究室を創りたい。高度な研究を通して学生を育てたい。"人間至るところに青山あり"、波は高くても、やれるところまでやってみよう。十年努力すれば、真紅の大優勝旗も津軽の海を渡るのだ(この年、駒大苫小牧高校が夏の甲子園で優勝)」とある。

 北大の森林科学科は、ヘテロで小さな農学部とも云えるぐらいバラエティーに富んでいます。学生の人気も高く、全国から学生が集まる割合が最も高いように思えます。そんなヘテロな集団に、森林微生物(キノコを含む菌類、放線菌など)や樹木などから生理活性成分を探索、単離構造決定、合成を行い、それらの低分子化合物を探針として生命の秘密を探り、ヒトを助ける薬の創製を目指す木質生命化学研究室があります。

 札幌農学校の一期生・二期生の気持ち(自らのためだけではなく、他を助けるために学問をする)を持って、共に学ばんと思う者は、有機化学で鍛えられ、宇宙語[理研に入り、初めて細胞生物学(細胞は小宇宙)に触れた時に、そう感じました。今後、授業でも基礎的な宇宙語を取りあげていきます]を話す集団に、勇気を持って飛び込んでみませんか

木質生命化学研究室 教授 生方 信

「研究生活は、毎日が発見!」

 新しい教室員を迎えて、2009年度もスタートします。  毎年、この頃になると初心を思い出し、気持ちの入れ替えをすることにしています。私が初めてのラボを持った時、学生時代や若き研究者であった時の最も幸せであったラボをモデルにしようと思いました。幸いにも一つは学生時代のラボ、二つめはポスドクから研究員にかけての時代のラボです。両ラボとも恩師に恵まれ、仲間に恵まれていました。学生時代の研究室の仲間達は、私を含め4名の大学教授、2名の公的研究機関の研究室長、2名の企業の研究所長等、様々な分野で活躍しています。私自身は漠然と微生物をやってみたくて農学部に進みましたが、その中で惹かれたのは有機化学でした。大学から大学院にかけて背伸びをしながら、自主ゼミや独学で量子力学まで含めた有機化学をマスターしようとしていました。一年半の米国インディアナ大学でのポスドク生活の後、理化学研究所の抗生物質研究室で、ポスドク次いで研究員を経験しました。アメリカでの研究生活は辛いところもありましたが、有機合成化学のきら星のような方達と同窓となれたのは非常に幸運だったと思います。アメリカに勢いがあり、それを日本人ポスドク達が支えていた時代でした。

 理化学研究所での研究生活はとても楽しいものでした。当時は、まだ牧歌的な雰囲気も残っていて、北大農学部の雰囲気と似ていたように思えます。ここで微生物、動物細胞などに馴染む素地ができたと思います。勿論、有機化学者としても十分活躍する余地があったことが幸いしたと思いますが、それ以上に恩師はもちろん研究室での仲間との交流が幸福感を生み出したように思います。一日の実験が終わると、よく仲間と様々な話しをしながら飲んでいたものでした。研究の事だけでなく、文学や哲学の話しもしていました。今、北キャンパスで活躍中のN氏は隣のラボで、廊下をあっちへいったりこっちへ行ったりして、ちらっ、ちらっとこちらを見ます。呼んで一緒に飲んでみると北大出身だということが判りました。

 

 そんな訳で、当時の二つのラボのいいとこ取りをして、アメリカのラボの厳しさもスパイスのように入れて新しい学問の道場をつくりたいと思っています。このような環境では、教室員の皆は、その一人一人が主役となっていくはずです。そして自然と対話しながら真剣に学べば、研究生活は、毎日が発見となっていくことでしょう。

木質生命化学研究室 教授 生方 信