スピンエコーとPolarization Transfer


ここでいろいろな相関法のパルスシーケンスの基本になるセグメントを取り上げ、何が起こっているのかベクトルモデルで詳しく見てみよう。

スピンエコー

はじめはスピンエコーと呼ばれる実験で、はじめにπ/2xパルスをかけ、ある時間Δの後にπxパルスをかけ、待ち時間Δののちにデータ取り込みを行う。

spin echo pulse sequence

まず、π/2xパルス(スピンを、x軸のほうから見て時計回りにπ/2すなわち90度回転させる)によってxy平面に倒れたスピンは先に説明したT2の効果と磁場の不均一性によって扇のように広がる。すこしだけ歳差運動が早い(z軸方向から見て時計回りに行こうとする)スピンは+、遅いスピンは-の方向に広がっていき、その中心はy軸方向を向いている。ある時間Δののちπxパルスをかけると、中心は-y軸方向を向き、少しだけ歳差運動が早いスピンはxと-yの間、遅いスピンは-xと-yの間に来る。この後、早いスピンは相変わらずz軸方向から見て時計回りに、遅いスピンは反時計回りに進むのでだんだん両者が近づいて、ΔのちにはT2による広がりはなくなり(リフォーカス)-y軸上に集まる(スピンエコー)。

spin echo

ケミカルシフトの異なるふたつのシグナルがどうなるかみてみよう。周波数の低い方のシグナル上に回転座標系の基準を置くことにする(どこにおいても結果は同じである)。すでに見たT2の効果と磁場の不均一性による広がりはリフォーカスされるので省略する。π/2xパルスによってy軸上に倒れたふたつのスピンの遅いほうはそのままy軸上にとどまって見え、早いスピンはz軸方向から見て時計回りに行進んでいく。ある時間Δののちπxパルスをかけると、y軸上にとどまっていた遅いほうのスピンは-y軸方向を向き、早いスピンはxとyの間にあったならxと-yの間に来る。この後、早いスピンは相変わらずz軸方向から見て時計回りに進むのでだんだん-y軸に向かってΔのちには-y軸上に来る。つまり、ケミカルシフトはリフォーカスされたことになる。

chemical shift refocusing

ではカップリングはどうなるか。簡単のためダブレットの場合を考え、ケミカルシフト位置(ダブレットの中心)に回転座標系の基準を置くことにする(どこにおいても結果は同じである)。π/2xパルスによってy軸上に倒れたのち歳差運動が早い方はz軸方向から見て時計回りに向かい(+)、遅いスピンは-の方向に向かう。ある時間Δののちπxパルスをかけると早いスピンはxと-yの間、遅いスピンは-xと-yの間に来る。もしカップリングの相手にこの180度パルスがかかっていなければ(選択パルスや異種核カップリングの場合)この後、早いスピンは相変わらずz軸方向から見て時計回りに、遅いスピンは反時計回りに進むのでだんだん両者が近づいて、Δのちには-y軸上に集まる。つまりカップリングはリフォーカスされる。

homo-nuclear coupling refocusing

もしカップリングの相手にもこの180度パルスがかかっていれば(同各種の場合や異種核に対しても同時にパルスをかけた場合)この後、スピンの向きが変わり、早いスピンはz軸方向から見て反時計回りに、遅いスピンは時計回りに進むようになる。ここでもしΔが、カップリング定数Jの逆数の1/4であったなら、下図のように、最初のΔの間に二つのスピンはそれぞれ45度(π/4)すすむので互いに90度離れ、次のΔで逆方向にさらに45度進みx軸上に乗り、互いの位相は180度ずれている。このまま観測すればダブレットの一方が正、他方が負のシグナル(アンチフェイズ)が得られる。

heteronuclear spin echo pulse sequence
hetero-nuclear coupling refocusing

INEPT

(Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)

スピンエコー実験をカーボンに結合したプロトンで行うと考えてみる。上記の最後ではプロトンのダブレットの一方はx, もう一方は-xを向いたアンチフェイズである。(天然存在比の場合、これの100倍ある12Cに結合したプロトンがy軸上に残っていてダブレットと位相が90度ずれている。) このあとでプロトンに90度yパルスをかけるとダブレットは-z, z軸上に乗る。このときカーボンに同時に90度パルスをかけると、このプロトンとカップリングしているカーボンへこのアンチフェイズが移る(分極移動)。

basic INEPT pulse sequence
basic INEPT

このようにしてプロトンからカーボンへ分極移動させた場合、それぞれの磁気回転比の比に応じた感度の向上が見られる。

ワンパルス実験による感度 をI0とすると、
分極移動 I=I0H/γC)

いっぽう、通常のカーボンNMRではプロトンの完全デカップリングによるNOEによる感度向上が見られ、これは
NOE I=I0(1+γH/2γC)
それぞれ計算すると3.98, NOEは最大で2.99である。

Intensity enhancement by PT and NOE

さて、このままのスペクトルでは多重線構造が残っており、しかもアンチフェイズである。このままデカップリングするとシグナルが消えてしまう。これを先に示したスピンエコーシーケンス(Δ2−πH,C−Δ2によりリフォーカスしてデカップリングすればシンプルかつ感度のよいスペクトルになることが期待できる。

refocused INEPT pulse sequence

こんどはカーボンからみた、プロトン、カーボンカップリングのリフォーカスである。プロトンから見た場合は結合しているカーボンの個数は常に1個(12Cや他の原子と結合したプロトンはこの実験に参加できない)で常にダブレットであるが、カーボンから見た場合、結合しているプロトンの数は3個から1個まである(四級炭素はこの実験に参加できない)。メチン(ダブレット)の場合は最初のスピンエコーと同様に考えられ、リフォーカスの待ち時間Δ2はΔと等しく1/4J と置けば良い。

CH refocusing

メチレンの場合6の時点で-1:0:1の3重線となっている。両端の2つのスピンの速さ(ケミカルシフト位置からの距離)はメチンのスピンの倍である。Δ2=1/4Jの後には両者は-y軸に乗ってしまう。プロトン、カーボンへのπパルスによりy軸にとどまり進行方向が変わりΔ2=1/4Jの後y軸に集まってくる。これらは相殺しあい、シグナルは得られない。もしΔ2を1/8J と置けばシグナルが得られるであろう。

CH2 refocusing
メチルの場合は-1:-1:1:1の4重線となっている。内側の二つのスピンの速さはメチンの場合と同じ、外側の二つはその3倍早い。Δ2=1/8J, Δ2=1/4Jなどとしてどうなるか考えてみよ。
CH3 refocusing

リフォーカス全体の長さをτ=2xΔ2とし、角度 θ=πJτ と定義してCH, CH2, CH3の強度変化をθの関数で表すと以下の様になる。

CH, CH2, CH3 modulation

3種類の多重線の区別をするにはθ=π/2, θ=3π/4そ測定すれば良く、これらと通常のカーボンNMRスペクトル組み合わせてCH, CH2, CH3,C(4級)の区別ができるのである。

inept scheme

測定上の着目点

INEPTは不ぞろいな1JCHのために結果があいまいになりやすかったので今では後に述べるDEPT法が用いられる。
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