核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)とは、その名のとおり、原子核のもつ磁気スピンのエネルギーを検出する方法である。なぜ共鳴の語が用いられるかというと、検出されるべき励起・放出エネルギーの大きさが、高速で回転する核スピンの回転周波数(振動数)の関数で表されるからである。すなわち、個々の原子核に固有の回転周波数に一致するエネルギーが吸収あるいは放出される(つまり共鳴がおきる)ので、そのエネルギーの大きさの違いによって原子核の回転周波数の違いつまり、性質の違いを検出することができる。
ところで、原子核といっても水素、炭素、酸素のようにさまざまな種類があり、同じ炭素でも質量数12の同位体(12C)と13の同位体(13C)がある。核スピンのスピン量子数(I)は原子核によって違っていて半整数値(0,±1/2,±1,±3/2,....)をとる。このうちI=0の場合は、つまり磁気スピンが存在しないため、NMRでは検出できない。NMRで測定できるのは核スピンが0以外の核のみである。陽子数および中性子数の両方が偶数の核はI=0になるため、12C、16Oのようなおなじみの同位体はNMR不活性であり、検出不可能である。炭素のNMRが主要同位体の12C(I=0)ではなく、1%の天然存在比しかない13C核(I=+1/2)を検出せざるをえないのはそのためである。それでは、核スピンが存在すればいいかというと、スピン量子数が1より大きい核は、電荷分布が非球形になるため、とりあつかいが難しくなる点があり、有機化学で構造解析に一般に用いられる核はI=+1/2の場合に限られるといってよい。
また、実際に観測にあたっては、感度の問題がある。磁石の大型化や機器の進歩により検出感度は向上してはいるものの、なんといってもNMRは他の機器分析法に比べて絶対的に感度の低い手法である。この主因は非常に微弱なエネルギー変化を検出しなければならないという原理的なものである。すなわち、UVやIR吸収スペクトルは波長が10-7〜10-5mていどの電磁波のエネルギー(1〜100kcal/mol相当)を観測する手法であるのに対し、NMRは波長数mのラジオ波を利用するものであり、そのエネルギーはたかだか10-6kcal/molに過ぎない。また、観測する同位体の天然存在比も重要であり、1H核のように100%近い存在比の核はいいが、13C核のように1%しか存在しない場合は、検出感度に大きな障害となる。というような理由で、一般的に有機化学分野で用いられる観測核は、1H,13C,19F,31Pなどに限られる。
これらの磁気スピンをもつ核は、いわば微小な磁石の性質をもっている。その磁気モーメント(μ)は核に固有の値であり、次の式で表される。
ここで、γは核の磁気回転比(固有の定数)、hはプランク定数、Iはスピン量子数である。
外部磁場中におかれた原子核は二つのエネルギー準位に分裂し、低エネルギー状態から高エネルギー状態へ励起するのに必要なエネルギーは外部磁場の強さをH0とすると、ΔE=2μH0で表される。つまり、外部磁場が大きいほど分裂(励起)エネルギーは大きいことになる。NMRはこのエネルギー差を検出する方法であるから、高い磁場すなわち大きな磁石をもつ機器ほど高感度でシグナルを検出できるというわけである。
ところで、NMR機器の磁場の強さを表すのに、通常は500MHz、270MHzのような周波数表示を用いるのはなぜだろう。電磁波のエネルギーは周波数に比例し、ΔE=hνで表される(hはプランク定数、νは周波数)。この式と先の磁気モーメントと外部磁場の積の式から、次の関係式が容易に導かれる。
この最後の式がNMRの原理の最も基本となる式であり、νで表される周波数をラーモア周波数という。
たとえば、1H核を2.35テスラの外部磁場中においたときの共鳴周波数を計算してみると、次のようになる。
つまり、2.35Tの強さの磁石をもつ機械で1H-NMRを測定したときの周波数は100MHzということになる。いいかえれば、1H核は100MHzの周波数の電磁波を吸収するといってもよい。一般に、NMR機器の磁場の強さの表記は1H核の周波数であらわすならわしであるため、逆にいうと、100MHzのNMRは2.35Tの磁場強度をもつということになる。原子核の種類が違えばγの値が異なるため、磁場強度が等しくても検出する核によって周波数は当然異なり、13Cの磁気回転比は1Hのほぼ1/4であるから、同じ機械で13Cを観測したときの共鳴周波数は約25MHzになる。
さて、核スピンは高速で回転しているという話を最初にしたが、その回転の周波数がラーモアの式のνに相当する。これは回転運動の角速度ω0は磁気回転比と磁場強度の積に等しいことから、次の式によって導かれる。