各元素には原子番号(陽子の数)が同じで中性子の数が違う(つまり質量の異なる)同位体が存在する。それぞれの同位体の天然における存在量がSilverstein 表2.2 安定同位体と存在量に掲載されている。このサイト内にも載せている。
たとえば 12C 陽子6個 中性子6個 質量数 12.00000と 13C 陽子6個 中性子7個 質量数 13.00336 の存在比は、98.892 % と 1.108 % である。MSでは最大存在比の同位体を100%としてあらわした方が便利なので、表では 12Cを100%、13Cを1.11% と掲載している。
ベンゼンは天然存在比で(特にラベルしたり同位体濃縮していない)は、 12C61H6が最も多く、13C12C51H6が6%ほど、12C62H1H5はごく少なく0.01%ほど含まれている。
ベンゼンのEIマススペクトルでは,12C61H6からなるm/z78のモノアイソトピックイオン(monoisotopic ion)と,13C12C51H6のm/z79の同位体イオン(isotopic ion)が観測される。
原子の質量の基準は、中性子、陽子が6個づつある炭素12Cの質量=12.00000000である。その1/12を原子質量単位といいuであらわす。
原子核の質量はこれを構成する陽子と中性子と電子の質量の和よりわずかに小さい(質量欠損)。どれだけ小さいかは各原子、同位体によって異なる(Silverstein 表2.1 安定同位体の正確な質量、このサイト内の表)ので、たとえば16O2と32Sの質量はきっちり同じではない。このような差を利用して、マススペクトル中のあるピークの精密な質量からそのイオンの組成式を推定することができる。これを、HR-MS、ミリマス測定などという。あるイオンの重さを小数点以下4桁ほど(0.1ミリダルトン)測定すれば、これに近い重さとなる各原子の組み合わせが限定される。HR-MSの理論値となる「monoisotopic ionの正確な質量」は、「安定同位体の正確な質量」と電子の質量を用いて計算する。収量計算などで用いる原子量は、同位体の正確な質量に存在比の重みをかけた平均値(C=12.01115)である.
平均の原子量で計算し四捨五入で整数値表示すると、分子量数百の化合物でも1多くなってしまう。FD、FI、FABではM+Hがでやすいし、EIでも出ることもあるので勘違いしやすい。 たとえばC24H42O20の(平均)分子量は648.58であるが、これのFAB-MS(+)で得られたm/z649を分子イオンピークとするのは間違いである。精密質量は 648.22694であり、m/z 649は[M+H]+ピークである。
Elements : C 40/0, 1H 80/0, O 10/0, S 8/0 | ||||||
Mass Tolerance : 10ppm, 5mDa if m/z < 500, 20mDa if m/z > 2000 | ||||||
Unsaturation : -0.5 ~ 20.0 | ||||||
No. | m/z | Int% | Err-mDa | U.S. | Composition | |
1 | 256.2204 | 13.7 | +1.3 | 6.0 | C19(1H)28 | |
2 | -2.0 | 2.0 | C16(1H)32S |
整数の質量数が同じでも、精密質量は組成によって異なる。そこで、イオンの質量を小数点以下4桁まで精密に測定し、含有元素の数や不飽和度に条件を与えて可能な組成式について精密質量の計算値がある範囲にある物を選び出すことによって組成式を推定できる。
各組成式の精密質量の計算値は
C16H32O2 | 256.24023 |
C15H12O4 | 256.07356 |
ハロゲンやイオウ、遷移金属の一部など同位体の存在比が特徴的な元素は、マススペクトルの同位体パターンからその存在が容易に推定できる。
因みに、NMRでも重い同位体に隣接するカーボンが高磁場にシフトする事が知られており、上記塩化ベンジルの7位カーボンのNMRシグナルは強度比3:1で2本現われる。