質量分析装置はイオンの質量(m)と電荷数(z)の比を測定している。このm/zの分離には、扇形磁場型、四重極、イオントラップ、飛行時間型、イオンサイクロトロン共鳴型など原理の異なる装置が存在する。
運動する荷電粒子が磁界中で曲げられる性質を利用したもののうち、扇形磁場を一つ持つ装置が単収束扇形磁場型質量分析計(上図)である。
イオン源で生成したイオンを一定の電圧V(V=2〜8 kV)で加速する(加速電圧)。このイオンの運動エネルギーは、
zeV=mv2/2 | …(1式) | |
e;電子の電荷(電気素量)、z;イオンの電荷数、 m;イオンの質量、V;加速電圧、 v;イオンの速度 |
このイオンが磁場強度Bの磁界を通過するとき、軌道は曲げられて曲率半径rの弧を描き、遠心力と磁場によって生じるローレンツ力がつりあう。コレクターに到達し、検出されるイオンは
mv2/r=Bzev | …(2式) |
を満たす。これを変形して
mv=Bzer | …(3式) |
とすると磁場が運動量を分離していることがわかる。
(1式)と(2式)から質量分析の基本式(4式)が導かれる。
m/z=B2r2e/(2V) | …(4式) |
1価のイオンの質量Mは、
M=4.83×103(B2r2/V) | …(5式) | |
r;単位cm、B;単位テスラ(1T=104G)、 V;単位ボルト |
となる。(4式)から、BまたはVのどちらかを連続的に変化させる(走査する、スキャンする)とm/zの値の異なるイオンがコレクターに到達することがわかる。磁場強度を時間に対し指数関数的にあげイオン強度を測定するとm/zが大きい物から小さい物へピーク幅一定のスペクトルが得られる。この方法は高速のスキャンが簡単に行えるが、加速電圧が上がるほどイオンの収束が悪くなり感度が低下するため、現在では次に述べる二重収束の装置が主流である。
単収束扇形磁場型の装置ではイオンの運動エネルギーのばらつきによってピーク幅が広がってしまう。これを改善するため、扇形磁場の前(または後ろ)に静電場を置きエネルギー収束させるのが二重収束扇形磁場型分析計である。電場が前の物を正配置、電場が後ろの物を逆配置と呼ぶ。
正配置の装置(上図)で、イオンは静電場中で曲げられ曲率半径Rの弧を描き、遠心力と電場が作用する力がつりあう。
mv2=ezE | …(6式) | |
E;電場の強さ |
イオンの飛行の曲率半径はイオンの質量にではなくイオンの運動エネルギーに依存していることがわかる。
静電場と磁場で速度分散の幅が等しく方向が逆になるように設定すると、感度を低下させることなく速度を収束させることができる。この収束は電場が磁場の後ろにあっても成立し、逆配置二重収束質量分析計(下図)もある。正配置、逆配置は一台の質量分析計でMS/MSと同様の情報を得るための手法に差がある。
z軸に対称に配置された4本の電極に直流(U)と高周波交流(Vcosωt)を重ねあわせた電圧をかける。下図で、対向する一組には+(U+Vcosωt)、もう一組には-(U+Vcosωt)をかけ、z軸に沿ってイオンを飛行させるとイオンはxy平面に振動しながら進む。
ここでU/V=一定で質量スキャンをすると、下のグラフの安定振動領域にあるイオンだけが検出器に到達でき、不安定領域にあるイオンは電極外へ出てしまう。このようにして質量分離が行われる。
電圧Vで加速したイオンの速度vがm/zによって異なることを利用したもの。
イオン化室から検出器までの距離Lをイオンが通過するのに要する時間tは
t=(m/(2zeV)1/2L | …(7式) |
である。
TOF質量分析計にはイオンビームを制限するようなスリットがなく、また、すべてのイオンが検出されるため高感度である。イオンの進路を折り返させるイオン反射タイプの装置もあり、分解能が高くなっている。
外側を円筒状に削ぎ落としたドーナツ型のリング電極(図中C)の穴の上下に半球状のエンドキャップ電極(A, B)を押し込めた内部にイオンを導き、電圧変化にしたがってこぼれ出すイオンを検出する。
リング電極には高周波(r.f.)Vをかけ、エンドキャップ電極には時々直流(d.c.)Uを加える。はじめに生成したイオンを全てトラップしておき、r.f.電圧の振幅を大きくしていくと、イオンはm/zの小さい物から順にトラップ室から出て検出器へ到達する。