質量分析スペクトルで分子イオンピーク(M+)は通常、質量数が最大のピークである。しかし、分子イオンが比較的不安定であればほとんどがフラグメントイオンになることもある。
分子イオンの安定性、すなわちM+の出やすさはBieman's orderに従う。
aromatic > conjugated olefine > aliciclic > static chain > thiol > ketone > amine > ester > ether > carboxylic acid > alcohol |
偶数分子量の分子はNを偶数個(0, 2, 4, 6 …)含む。
奇数分子量の分子はNを奇数個含む。
その理由は、Nは存在比最大の同位体の質量が偶数(14)で原子価が奇数だからである。その他の元素は、存在比最大の同位体の質量と原子価がともに偶数であるか、ともに奇数である。
ある化合物がNを含んでいそうもないのに、MSスペクトルで質量数が最大のピークが奇数であったら、これはM+ではない可能性が高い。擬似分子イオンの[M+H]+やフラグメントの[M-H]+、[M-Me]+…などと考えられる。
M+が観測されていないときは、下記の他のイオン化法を測定してみるか、誘導体にする。
一般に試料が純品で有機溶媒に可溶なら、まずEI-MSを測定する。EI-MSは操作が簡単で再現性も良く、分子イオンおよびフラグメントイオンピーから構造が推定できる。フラグメントイオンの生成は一定の規則に従って起こり、たとえば、水酸基を持つ物では脱水ピーク(分子量-18)、TBDMSなどの保護基を持つ物では脱メチル、脱tBuなどが起きやすく、構造によって分子イオンピークは出ない場合もある。再現性がよく多くのピークが得られるため、スペクトルのパターンがデータベース化され、測定データと類似するデータを検索したりできる(ライブラリ・サーチ)。
EI-MSでは構造を支持するようなピークが得られなかった場合や、分子量をはっきりさせたい場合、FDまたはFI-MSを測定する。これらの手法ではフラグメントピークは非常に少ないかほとんど生成しない。また、水溶性の化合物(ペプチド、糖脂質など)ではFD-MSよりFAB-MSが、錯体はESI-MSが有効である。ただし分子量の小さい化合物はFAB-MSではマトリックスのピークに負けてしまい、不利である。
FAB-MS、ESI-MSでは正イオン、負イオン両方の測定ができる。FD-MS、FAB-MS(+)では(M+H)+のほか、(M+Na)+、(M+K)+ など金属イオンとのクラスターイオンが出ることがある。FAB-MSではこのほかマトリックスの付加体も出やすい。ペプチド、タンパク質等の高分子化合物のESI-MSで多価イオンが検出されれば、データ処理によって分子量を求めることができる。
例として、アルギニンのMSスペクトルを示す。