樹木葉の被食防衛機構

春になって若葉萌える頃には、虫たちの活動も始まる。一定水準以下の虫の活動であれば目を細めて愛でることもできよう。しかし、時に春のはずが全山初冬の装いへ転じることがある。カラマツツツミノガの大発生である。この蛾は年1回発生して幼虫で越冬する。幼虫は小さな蓑虫で、春、カラマツの開葉とともに食害を開始する。しかし、一件、なすすべなく食われているように見えるが、樹木は決して受け身ではない。この動的側面を調べている(私の一言・森林保護学への貢献を参照)。特に環境変動(温暖化、高CO2環境、窒素沈着の増加)下での被食防衛機構に注目しているfile被食防衛07.pdf。 ●●以下、右端の矢印(↑)をクイックするとページのトップへ移動します●●

動的な森林植物

「The world is green(世界は緑である)」(Hairston et al. 1960)。HSS仮説(下段)として紹介される、この有名な言葉に我々の研究の発端がある。植物が昆虫により食べられる割合は4〜6%程度とされる。そうすると植物は食葉性昆虫にとって十分にある餌資源なのか?森林生態系の「安定性」の維持にとって、従来の天敵による制御と並んで、植物自体が有する誘導防御能力に注目が集まってきた(Karban and Baldwin 1997,Koike et al. 2003)。
ボトムアップ.jpg
誘導防御能力は、大串(Ohgushi 2005)のいうプランクトン等を除くと「植物は喰われると死ぬのではなく変化する(=喰われにくくなる)。」に表される。喰われると、毛(毛状体Tricome))が生える種や化学的防御物質が変化する種が存在する。この(森林)植物の動的側面を活かす森林管理こそ環境負荷が小さく、初代造林学教授の新島善直が求めていたことだと感じている(新島 1910)。
 ここで紹介する被食防衛の研究は、OG松木佐和子博士の研究によって大きく進展した(現在、岩手大農学部共生環境学コース・講師;(岩大HPにて松木佐和子を選択すると詳細が表示))。

虫害の予測

進行し続ける温暖化環境によって食葉性昆虫の摂食量は変化するのか?森林の被食量は1960年代のIBP(国際生物学事業計画:扶養力推定のため生物生産力を世界中で測定)によると、新葉の葉量の3〜4% とされたが、1990年代後半の報告では10〜20%であった。これらの数値には対象樹種や地域等に違いはあるものの、この約30年間の食害量は明らかに増加したように見える。この食害量の増加は何が原因なのか?この間に著しく変化したのは、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度である。さらに、偏西風により供給される窒素(N)沈着による樹木の生育環境の変化が問題視される。植物は高CO2濃度に反応して炭素/窒素(C/N)比の大きな葉を生産が、貧栄養で生育するとC/Nはさらに大きくなり、被食防衛物質の増加する種が多い。反対に富栄養ではC/N比は低下する。では、深刻化する変動(高CO2+高N)環境下で樹木の葉の被食防衛能力はどの様に変化するのか? 以下の記述が解明への手がかりである。

落葉樹広葉樹の防御能力

被食防衛には以下の模式図に示すように化学的・物理的防衛があり、化学的防衛はさらに質的・量的防御に大別される。
多様な防御.jpg        防御の種類.jpg

樹木では植食者への消化阻害効果を持つフェノールや縮合タンニン類等の量的防衛や葉の堅さやトリコーム(毛状体)等の物理的防衛が重要である(Koike et al. 2006a)。これらの防御物質の構成要素の多くが炭素由来の二次代謝産物である。しかし、葉の防御形質は生育環境の光条件や栄養環境によって変化する。また、落葉樹の場合、リグニンと防御物質の生産はフェニールアラニンを前駆物質として利用するために、防御は恐らく効率よく行われているはずである。これを明らかにするため北大札幌研究林において、組織化学の渡邉陽子博士らとともに個葉の解剖学的研究を進めてきた(大塚優佳・日向潔美氏)。貧栄養では葉が喰われると再生するための養分獲得が難しいためか、被食防衛能力が高い。また、喰われてから植食者の唾液に反応して防御形質が変化する「誘導防御」による物質の局在にも、今後、注目したい(青山千穂、及川聞多氏)。

高CO2・高窒素環境での防衛能力

異なる栄養条件で生育した落葉広葉樹4樹種を対象に、実験昆虫エリサン(ヤママユガの一種)を用いた生物検定を行った(今野浩太郎博士の開発による実験動物)。この結果、ケヤマハンノキを除くと通常大気CO2で生育させた遷移前期種のシラカンバでは、遷移中後期種のミズナラやイタヤカエデより検体の生存日数は長かった。この傾向は窒素沈着量が増加した富栄養で顕著であった。事実、遷移前期種に比べ中後期種では被食防衛物質量は増加した。同じCO2濃度であれば、貧栄養の個体の防御物質量は多かった。これらの傾向を明確にする研究を森林総合研究所北海道支所の協力を得て、研修生・日向潔美氏が取り組んでいる。一方、ケヤマハンノキのみエリサンの生存日数が貧栄養条件で最長となった。ケヤマハンノキは窒素固定菌Frankia sp.と共生し、貧栄養条件で旺盛な成長をするため、貧栄養ではケヤマハンノキ葉は窒素含量が高く、「良質の餌」が生産されたと考えられる。この傾向はスペシャリストであるハンノキハムシでも認められた(下図右)。ハンノキ属の中での微妙な違いは、上里季悠氏によってFACEを用いて、一部解明された。
高CO2共生菌.jpg ハンFACE.jpg
この点は驚くべき事実である。寄生者(parasite)と宿主(host)との関係に、第3の生物が関与する「間接効果(Indirect interaction webs)」(Ohgushi,T. 2005,Ohgushi et al. 2007)の興味深い事例と言える。これは生物多様性の科学による生物科学あるいは樹木生理生態学への新たな貢献と言えよう。樹木の生活を生物環境からも捉える必要がここにある。

森林保全管理へ

温暖化によって昆虫など植食者の世代交代が促進されることは、北国では容易に想像できる。例えば、年1化性から年2化性へとシフトする可能性がある。これに伴い、森林での食害はどの様に変化するのであろうか。また、在来種と侵入種とでは応答も大きく異なるであろう。初めに述べたように、無機環境は大きく変化している。これに伴い一次生産者である植物(森林植物)の形質はどの様に変化し、それに依存せざるを得ない二次生産者(消費者)の活動は、どの様に変化するのか(Koike et al. 2006b)。また、森林の分解系に関連してワラジムシなど土壌動物の役割にも注目している。 私たちは、森林植物の獲得・淘汰された形質としての「防衛機能」(Matsuki and Koike 2006)が、変動環境下でどのように変化するかを予測実験から推定することによって(小池 2004, Koike et al. 2006b)、環境負荷の少ない森林保全管理技術の開発を目標としている(松木・小池 2004)。なお、松木さんは、北海道を大切に、その魅力を紹介しています。

引用文献

参考文献 

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最終更新日: 2010-08-16 19:55:04 (月)
被食防衛