−霜降り肉形成のメカニズムを探る−
何を目指しているのですか?
食肉の主体は家畜や家禽の骨格筋です.私たちは、肉用家畜や家禽を様々な飼育方式で肥育することによって、筋組織を肥大化させて効率的に赤身肉を生産したり、骨格筋内に脂肪組織(筋肉内脂肪組織)を蓄積させて美味しい霜降り肉を生産したりしています.家畜骨格筋における筋組織や脂肪組織の発達はどのように制御されているのでしょうか.筋組織は、単核の筋芽細胞が分化・融合した多核の筋細胞(筋線維)の集合体です(下図).これらは線維芽細胞が作り出す細胞外マトリックスからなる結合組織によって支持されています.また、筋肉内脂肪組織は、前駆脂肪細胞が分化して細胞内に脂肪滴を蓄えた脂肪細胞の集合体です.したがって、骨格筋を構築する細胞群(筋細胞や脂肪細胞、線維芽細胞など)の挙動が家畜骨格筋における筋組織と脂肪組織の発達に大きく影響し、最終産物である食肉の量と質を決定するのです.
細胞たちの会話に耳を傾ける -細胞間コミュニケーションに関する研究-
上記の各種細胞は骨格筋という同一空間内でそれぞれの組織を構築します.私たちは、これらの細胞がどのようにコミュニケーションをとり、互いの増殖・分化を制御しているかを追究することによって、筋肥大・脂肪蓄積のメカニズムを解明しようとしています.細胞間コミュニケーションツールとしての生理活性因子を網羅的に探索して、生理活性因子を介した細胞間コミュニケーション機構を解明し、さらに、コミュニケーションの場としての細胞外マトリックスの役割を解明しようとしています(右図).
どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?
培養筋細胞や脂肪細胞を用いて、これらの細胞が増殖・分化過程でどのような生理活性因子を分泌しているかをプロテオミクス(タンパク質網羅的解析)によって調べています.また、生理活性因子が筋細胞や脂肪細胞の増殖・分化に及ぼす影響をタイムラプス顕微鏡(一定培養経過時間毎に細胞の様相を撮影する)や共焦点レーザー顕微鏡によって観察するとともに(下図)、筋分化および脂肪分化のマーカー遺伝子の発現をPCRで調べています.
生理活性因子と細胞膜上の受容体との結合、あるいは抑制因子との相互作用についてはタンパク質相互作用解析装置などを用いて調べています.また、筋細胞(脂肪細胞)で産生・分泌された生理活性因子が標的細胞である脂肪細胞(筋細胞)に作用する様子を共焦点レーザー顕微鏡などで観察しています.さらに、走査型電子顕微鏡などを使って家畜骨格筋の構造を解析しています(下図).
私たちの生活にどのように関わってきますか?
骨格筋における異種細胞間コミュニケーションを担う生理活性因子とその作用機序が明らかになると、これを制御する遺伝子をマーカーにした育種改良技術や飼料の開発に繋がり、家畜生産段階で筋・脂肪組織の発達を制御する食肉生産技術の確立が期待されます.また、家畜における筋肥大や脂肪蓄積の研究成果は人間の筋研究にも応用可能で、加齢性筋萎縮、難治性筋疾患、肥満症などの治療や予防方法の開発にも貢献できるのではないかと考えています.