1.のパルスシーケンスの図に示したような、一定の強度である時間長をもったパルスは矩形(長方形)パルスと呼ばれる。パルスは、励起中心の周波数(on resonance)付近では、望みどおりの磁化の励起や反転を起こすことができるが、励起中心から遠い位置(off resonance)の磁化に対しては、それより弱い作用しか及ぼすことができず、シグナル強度の低下や位相の歪みとなってあらわれる。(オフレゾナンス効果)。
たとえば、π/2xパルス(強度B1)は、オンレゾナンスのz磁化を、x軸を中心にしてπ/2回転させて、y軸上に乗せるが(上段左)、オフレゾナンスの磁化に対してはx軸よりも少し浮き上がった(x軸とのなす角をθとする)軸についてのパルスとしてはたらき(Beff)この軸の中心に回転させることになり、z磁化をxy平面ちかくの、y軸からはずれた位置に乗せる(上段右)ため、位相のズレとなって現われる。θは励起中心からの距離が遠いほど大きくなるので、一次の位相補正によってこの歪みは補正することができる。しかしπxパルスでは、オフレゾナンスの反転効率が著しく低下してしまう(下段右)。
角度θは、励起中心からの距離ω(Hz)、磁気回転比γ、パルス強度B1との間に次の関係が成り立つ。
tanθ=ω/(γB1)
また、B1は、π/2パルス幅Ptとの間に次の関係が成り立つ。
γB1=1/(4Pt)
よって、tanθ=4Ptxωとなる。θを1度まで許容するとすると(tan1=0.017)、200MHz装置でプロトンを10ppmの範囲で観測する場合(ω=1000Hz)、90°パルス幅は4μs以下なら良い。しかし500MHzの装置でカーボン(125MHz)を240ppmの範囲で観測する場合には90°パルス幅は0.3μs以下でなければならず、とうてい実現できない。90°パルスが9μsのとき、スペクトルの端のほうでの位相の歪みは28度程度となる。
このオフレゾナンス効果を除くため、(また、B1の不均一性も除けるものも)、複数のパルスを組み合わせたcompsite pulse の利用や、時間を追って強度を変化させるshaped pulse の利用が有効である。
特にオフレゾナンス効果は180度パルスの反転効率を悪くさせるので、カーボンの180度パルスの入っているHSQCでは、180度パルスの入っていないHMQCに比べて感度が悪く感じることがあるが、カーボンの180度パルスをすべてコンポジットパルスに置き換えると、とくにスペクトルの端の方の感度が向上する。下図はo-vanillinのHSQCスペクトルで、左が通常のパルスシーケンス、右は、シーケンス中の13Cのπパルスをコンポジットパルスに置き換えて測定したものである。二次元スペクトルでもわかるが、上にしめしたF2方向のプロジェクション(投影)で、カーボンのケミカルシフトが大きいアルデヒドの相関ピークの強度と、カーボンがほぼF1の中央にある芳香環のピークを比較すると、左のスペクトルではアルデヒドのピーク強度が芳香環の半分程度しかなく、コンポジットパルスの利用では改善されていることがわかる。