CO2に対する樹木の応答

 産業革命以前はおよそ280 ppmで推移してきた大気中のCO2濃度は産業革命以降急速に増加しています。IPCCの第4次報告書(AR4)によると、今世紀末のCO2濃度は現在の2倍になるという予測もあります。 CO2は光合成の気質であり、CO2濃度の増加に伴ってC3植物では左図の青線で示すような曲線を描きながら光合成速度が増加します。しかし数週間から数ヶ月、高CO2環境で育成した植物においてダウンレギュレーション(負の制御)と呼ばれる光合成機能の低下が起こり、期待したほど光合成速度が増加しない可能性も指摘されています(左図赤線)。このような高CO2に対する応答には樹種間差異があるため、将来の高CO2環境において森林の生産性がどれくらい増加するのかについて結論できないのが現状です。この事はAR4における陸域の炭素循環に関する不確実性の大きさにも表れています。そこで、将来にわたる樹木の生産性を推定するために、人工気象室や開放系大気CO2増加(FACE, 中・右図)を使って樹木の高CO2に対する応答を調査しています。

光合成のダウンレギュレーション.jpg FACE.jpg 北大FACE.jpg

グイマツ雑種F1の高CO2応答に関する研究

グイマツ雑種F1は将来有望な造林樹種として知られていることから、(詳しくはこちら)この樹種の環境応答性の調査を行っています。

1. 光合成のダウンレギュレーション
一般に光合成のダウンレギュレーションは貧栄養環境で起こりやすいと考えられています。したがって、特に養分条件が厳しい場所において、グイマツ雑種F1を用いる場合、高CO2に伴う光合成のダウンレギュレーションが問題となる可能性が考えられます。そこでグイマツ雑種F1の高CO2に対する光合成応答を貧栄養条件で調査しました。その結果、高CO2(720 ppm)による、顕著な光合成のダウンレギュレーションが認められ、高CO2条件であるのにもかかわらず実現された光合成速度は対照区(360 ppm)のそれと同程度でした。光合成速度の低下原因を調べたところ、葉の窒素含量の低下と光合成窒素利用効率の低下が考えられました。つまり高CO2環境では窒素欠乏が起こった事、獲得した窒素が光合成に有効に使われていない事の二点が原因であると考えられ増し得た。さらに後者の光合成窒素利用効率の低下要因として(1)窒素以外の養分(リンやカリウム)の欠乏、(2)細胞壁の窒素含量増加に伴う、光合成系への窒素分配量の低下、(3)細胞間隙から葉緑体までのCO2移動の阻害、の3点が考えられました。 なお、このような光合成のダウンレギュレーションが引き起こされたものの、個体としての成長は高CO2環境で増加しました。また、近年問題となっている窒素沈着量の増加と高CO2の複合影響を調べるために、30 kg ha-1の窒素処理区も設定しましたが、窒素処理はグイマツ雑種F1の高CO2に対する応答に影響しませんでした。

個体の様子.JPG  シュート比較写真.JPG

2. アロケーションに関する研究
一般に樹木は環境変化に対して、光合成産物の投資先を変化させることが知られています(土壌が乾燥すると根の割合が大きくなる等)。高CO2環境では、強いダウンレギュレーションがかからない限り、通常より多くの光合成産物を生産することができますが、その投資先は現状CO2環境と同じなのでしょうか?他樹種による先行研究では、根への光合成産物の投資量が増加することも報告されていますが、樹種によって結果は異なっているのが現状です。そこで根の成長に物理的な律速がかからないFACE実験で、高CO2環境がグイマツ雑種F1の器官別乾物成長および樹形に与える影響を調査しました。二成長期間に渡るCO2付加に対してグイマツ雑種F1の光合成はダウンレギュレーション(馴化応答)の徴候を見せず、個体としての成長も増加しました。しかし一方で、高CO2によって「小さい根、細い幹、長い枝」という樹形になってしまい、乾燥、大雪および強風と言った気象害に対する抵抗力が低下する可能性が示唆されました。

FACE_F1の地上部.JPG  FACE_F1の根.JPG

カバノキ属の高CO2に対する成長・光合成応答

カバノキ属の樹木は北半球中高緯度地域に広く分布しており、北日本ではダケカンバ、ウダイカンバ、シラカンバがその代表種です。これら3種は成長の早い先駆的な陽樹という類似した特性を持っている。高CO2によるそれらの動態の変化は林業や生態系に与える影響が大きいと考えられ、FACEによるCO2付加実験を2010年度から行っています。 これまでに得られている成果として、成長および光合成の高CO2応答には同属であるカバノキ属内においても樹種間差異があることが明らかになっています。2010年から継続的に測定を行っている個葉の光合成においては、高CO2によるダウンレギュレーションが認められ、その原因として葉の窒素濃度の低下が挙げられました。さらに樹冠が発達した2012年度からは、群落光合成モデルの適用によって3種の葉量、個葉光合成・呼吸活性に基づく葉群のCO2収支を調査しています。

光合成測定の様子.jpg

葉の窒素濃度の低下原因を明らかにするために、根の成長動態の調査も行っています。具体的にはライゾトロンという透明チューブを土壌に埋設し、そこから撮影した根の画像解析を行っています。
ライゾトロンと根.jpg

病虫害に対する応答性

野外で多くの生物との相互作用の中において生育する樹木にとって、病虫害への応答性は生存・生産を左右する重要な要素です。これらの病害への応答は高CO2環境で変化するのでしょうか? FACEにおいては、近年のその重要性が見直されている里山における代表的な樹種であるミズナラの萌芽において、うどんこ病への感染に関連して研究を行っており、高CO2によるうどんこ病への感染程度の低下が観察されています。また、上述のカバノキ属3種に関しても虫害のセンサスや葉の被食防衛物質の調査を進めています。さらに、熱帯において主要な造林樹種であるユーカリの被食防衛能力に対する高CO2および高窒素付加の影響についての調査も人工気象室を用いて行いました。

みずならうどんこ病.jpg

オゾンに対する応答性

一般に高CO2環境では気孔が閉じ気味になります。一方で大気汚染物質のオゾンは気孔から葉内に侵入し、悪影響を引き起こすことが知られています。したがって、高CO2環境ではオゾンの悪影響が緩和される可能性が指摘されています。そこで人工気象室やオープントップチャンバーを用いて、高CO2環境が樹木のオゾン応答性に与える影響の調査を行ってきました。 これまで、ブナ、カバノキ属3種、カラマツ属3種について調査しましたが、樹種によって異なる結果となりました。もっとも驚く結果だったのはブナで、高CO2環境ではオゾン付加によって成長が大きく増加するという結果が得られました。これはオゾンの悪影響に対する補償作用として引き起こされたと考えられる2次展葉が、高CO2環境で顕著になったことが原因と考えられました。なお、森林総合研究所の開放系のオゾンとCO2の複合暴露施設においても同様の結果が報告されています。一方、電力中央研究所で行われたCO2とオゾンの複合暴露実験では、そのような結果は見られていません(オゾンへの応答性に高CO2の影響なし)。現時点では、このような違いがおこる原因は明らかになっておりませんが、個人的には土壌の養分状態が関与しているのではないかと考えています。なお、高CO2によるオゾン害の緩和作用はグイマツ雑種F1においても一部見られました。

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<関連論文>

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最終更新日: 2013-08-21 18:00:49 (水)
渡辺誠/高CO2に対する樹木の応答