知床で択伐後の森林をモニタリング イベント・メニューに戻る
2002,8,8〜8,11
1987年4月に知床国有林で択伐が行われました。この伐採は,動植物の保護,自然景観の維持,国立公園内での木材生産の必要性など,森林管理上の様々な面から議論の契機となりました。
伐採が行われた地域は,北海道で一般的な針葉樹・広葉樹の混交林(針広混交林)であり,種の多様性が比較的高く,更新が極めて良い天然林であったと言われています。トドマツとミズナラが優占する森林で(写真・上),択伐の対象となったのはそのほとんどがミズナラ大径木でした。
伐採の計画が明らかになって新聞やテレビ等が大きく取り上げ,知床の択伐問題は国民的な関心事となり,一時は日本中が騒然となったことも,いまは歴史の一幕です。自然保護団体の呼びかけで現地に集まった人たちの抗議のなか,強行伐採と言うかたちで終結したこの問題は,多くの人々の胸に,もやもやとした未消化感を残したまま,メディアから消えていきました。
当時の伐根も朽ち始めています(写真・下)。
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ここで行われたような森林施業が投げかける問題は,知床だけのものではありません。実際に北海道での木材生産は,天然林に由来する針広混交林からの「択伐」に依存しています。
しかし,択伐的伐採が繰り返された北海道の森林は,わずか100年ほどの間に,その多くが疲弊した状態に陥り,持続的生産が保証されているような森林はほとんど見出せないのが現状です。択伐という人為が森林の動態に与える影響を,正しく評価できていたのでしょうか。
知床国有林での伐採や今後も起こりうる同種の問題を考える上でも,また,北海道全体の森林の持続的利用を考えるためにも,針広混交林の動態と森林施業の影響との関係を整理しておく必要があります。
北海道大学農学部林学科(当時)の4年生を中心とした有志は,知床での伐採の是非が社会的問題となっているなかで,学科内の教官にも呼びかけ,この問題を自分たちの視点で考え直そうと行動を起こしたのです。彼らは何よりもまず,針広混交林の動態を理解したいと考えました。そのために,択伐が実施された知床の森林をつぶさに踏査し,固定試験地を設定して,択伐が森林の動態に与える影響を長期的に検証することとしました。
初回の調査は,択伐が実施された1987年の夏に行われました。択伐による林冠疎開(ギャップ)が目立つ調査区(Plot-A,
50m×50m),大径木の単木的ギャップが形成された調査区(Plot-B,
20m×20m),伐採の影響がほとんどないと思われた調査区(Plot-C,
50m×50m)を設定し,全ての樹木を個体識別し,根元位置とサイズを記録しました。
その後,1992年,1997年にそれぞれ同一プロット内の樹木が再計測され,森林の変化が解析されています。
伐採から15年が経過した,2002年8月に,当時の有志を含み現森林科学科の学生を中心とする30余名が知床の森に分け入りました。初回のプロット設定から数えて4度目の調査です。
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あいにくの小雨模様のなか,まる二日間の調査をとどこおりなく行うことが出来たのは,参加してくれた現役学生の活力とOBの熱意のたまものでしょう。
普段はひとも訪れることのない静かな森に,データを読む声,様々なかけ声,呼び声が賑やかに響きました。知床のヒグマも,さすがに顔を出しにくい雰囲気だったかも知れません。
伐採によって出来た林冠のギャップは,明るくなった林床でササ類が繁茂する一方で,若いトドマツの旺盛な生長によって確実に修復が進んでいます(Plot-A,
写真・上)。若いトドマツの数は多く,こういう部分の調査を担当したグループは,大変な思いをしました。
また,広葉樹類やイチイなどにはエゾシカによる食害も目立ち,近年になって明らかに森林の動態に大きな影響を与えている様子も,はっきりと見ることが出来ます(写真・下)。今後の成り行きが,大いに気になります。
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伐採による林冠の消失がなかった林分(Plot-C)では,当時も今も,暗く,林床植物も少なくて,見通しの良い林内です(写真・下)。トドマツや広葉樹類の稚樹は見えるものの,生長はきわめて遅いようです。稚樹の数は5年ごとの調査のたびに減っています。
このことには,光条件の他,エゾシカの食害も関係していそうです。
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調査も終了し,森は,静けさを取り戻しました。
せっかく知床に出かけながら,あいにくの空模様とタイトなスケジュールのため,ひたすら調査に終始することになってしまいました。次の機会にはゆっくりと知床を楽しむことにしましょう。
調査打ち上げ時には,今回の収穫,次への課題など,世代を超えて議論がなされました。この調査地に何度も足を運んだものもいれば,初めて参加した人もいます。この調査を経験して,それぞれが何か新しい発見をしたのではないでしょうか。
知床の森のイメージを,各人が自分のものとしたこと,森林の動態を長期的に見る重要さと大変さを体感し共有できたことが,大きな収穫です。
なお本調査は,当時の有志たちとそれに関わった学科教官が5年に一度呼びかけ,関心を持った学生・院生が参加して行う,研究室横断型プロジェクトです。当研究室はその一部を担っているに過ぎないことを付記しておきます。 |
調査に参加した皆様,お疲れさまでした。
次の調査は2007年です。また知床で会いましょう。
(集合写真のオリジナル・サイズはこちらで見ることが出来ます)
これまでの調査結果については,以下を参照してください。
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○菊池俊一・沢井理・清野年・矢島崇・清水収・中村太士:知床国有林択伐跡林分の推移−択伐による林相変化と5年間の成長−.日本林学会北海道支部論文集,41,232-234,1993
○沢井理・清野年・菊池俊一・矢島崇・清水収・中村太士:知床国有林択伐跡林分の推移−択伐5年後の稚樹の消長−.日本林学会北海道支部論文集,41,235ー237,1993
○菊池俊一・矢島崇・中村太士・清水収・沢井理・清野年:知床国有林の伐採が林分動 態に与えた影響−伐採5年後の林相と更新−.北海道大学農学部演習林研究報告,51(1),
44-73, 1994
○大石智子・菊池俊一・清水収・中村太士・矢島崇:知床国有林の伐採が林分動態に与えた影響−択伐後10年間の林相と更新−.北海道大学農学部演習林研究報告,
55(2), 349-368, 1998
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Photos
by S. Kikuchi |
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