阿蘇の草原

熊本県阿蘇地域での研究紹介

阿蘇地域では現在でも広大な草原が広がっています。阿蘇の草原は千年の草原とも呼ばれ(大滝 1999. 環境研究, 111, 31-36)、古くは景行天皇の時代の情景が日本書紀に記載されています。日本書紀では西暦720年頃の記述で「天皇(景行天皇)は九州各地を経て阿蘇の国に来られたが、野は広く遠く、人家が見えなかった。天皇が「この国に人はいるのか」と仰せられたところ、阿蘇都彦、阿蘇都媛の二神が人の姿で現れ、「我ら二人がいます。どうして人がいないものですか」と述べた。」とあります。ところが最近では、土壌中のプラントオパールの解析により、阿蘇地域では1万年以上も前から現在のような草原植生であったことがわかってきました(宮縁・杉山 2008. 地学雑誌, 117, 704-717 等)。このことから「万年の草原」とも呼ばれるようになっています。しかしながら近年では、野草の利用減少や野草地管理者の減少によりその面積が著しく少なくなっています。その様な阿蘇の草原を対象に、土壌への炭素蓄積メカニズムや土地利用変化に伴う土壌炭素の変化、また地域の炭素動態を明らかにするための研究を行っています。

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阿蘇の草原と北外輪

阿蘇の野草地ではこれまでの研究により、長期的に多量の炭素が貯留されていることがわかってきました。阿蘇地域に広がる黒ボク土は火山灰を母材とし草原植生の基で成立した土壌であることが以前より指摘されてきました。阿蘇の北外輪や中央火口丘北側での土壌炭素量や土壌炭素の蓄積速度に関する調査から、ススキ(Miscanthus sinensis)が優先する野草地ではおよそ232 tC/haの炭素が貯留され、また100年の平均で332 kgC/ha/年、50年平均で483 kgC/ha/年、34年平均で618 kgC/ha/年の炭素が吸収されている可能性がわかってきました(Toma et al. 2013. Global Change Biology, 19, 1676-1687)。日本の1世帯当たりの年間CO2排出量から、1haのススキ野草地の炭素吸収量は約2.3世帯分のCO2を相殺していると試算できます。さらに、スギの植林地との比較により、ススキ野草地の土壌炭素貯留速度がスギ植林地の約1.8倍高いこともわかりました(Toma et al. 2012. GCB Bioenergy, 4, 566-575)。今はさらに、野草地の放棄による土壌炭素の変化についても調査を行っており、野焼きの停止した放棄地や雑木林ではススキ野草地よりも土壌炭素が少ないことがわかってきました。これらのことは、従来の草原の管理が難しくなることによる放棄や他の土地利用への変化はCO2吸収量を減らすだけでなく、これまで土壌に貯留されていた炭素が大気に戻る、すなわち地球温暖化の促進に寄与してしまうことが懸念されます。

阿蘇の草原の維持には野焼きが欠かせません。野焼きは古い草や木の芽を除き、地表に光と熱を届け新しい草の芽吹きを促すほか、土壌にミネラル分を供給します。野焼きでは土壌炭素は燃えることはなく(Toma et al. 2010. GCB Bioenergy, 2, 52-62)、また草地の高い炭素吸収能は野焼きによるメタンや一酸化二窒素の発生を相殺します(Toma et al. 2016. Soil Science and Plant Nutrition, 62, 80-89)。そのため、野焼きを止めてしまうことは、草原の植生が変わり土壌から炭素を失うことにもつながります。私達は現在、土壌炭素貯留に対する野焼きの影響についても、阿蘇での調査の他に実験処理区を作成しての長期試験を実施しています(愛媛大学農学部附属農場(共同研究)を参照)。

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野焼き後の草原
厚層腐植質黒ボク土
厚層腐植質黒ボク土(北外輪 新宮牧野)