本学における畜産学教育は1900年(明治33年)札幌農学校教授・橋本左五郎によるドイツの大学を参考にした畜産学全般の講義に発する。橋本より将来性を認められ、畜産学科の助手として任官した高松正信が後に当研究室の初代の教授となる。
研究室の歴史は、1913年(大正2年) 畜産学第二講座に遡り、ドイツで馬学を学んだ高松正信は帰国後に畜産学第二講座を担任し、1915年(大正4年)に教授に昇任した。当講座は馬学講座として呼ばれ、当時の我が国の馬産振興に連なる馬匹改良に関する研究を行うとともに、畜産学原論を講義して畜産学全分野に関する総合知識の教育を行っていた。当時各品種のウマが盛んに輸入され、無計画に交配されていたが、高松らはこれら品種の特性を明らかにし、本邦に適する馬匹の改良に取りくみ日本産の有効な実用馬生産に大きく寄与した。また、「都ぞ弥生(明治45年)」で有名な北大恵迪寮の寮歌で、記念すべき最初の寮歌である「一帯ゆるき(明治40年)」の作曲者でもある。
さらに、家畜繁殖学の分野においても山根甚信助教授(後の台北帝国大学 / 広島大学教授)がウマの精子生理ならびに人工授精について精力的に研究を行い、多くの基礎的な知見を得た。このように、札幌農学校、東北帝国大学農科大学、北海道帝国大学と目まぐるしく時代が移りゆくなかで、近代畜産学におけるウマを対象とした家畜育種学・繁殖学の礎となる多くの重要な研究成果を得た。
1947年(昭和22年)に北海道帝国大学から北海道大学となり、それに伴い名称変更となった畜産学第一講座の教授として松本久喜が昇任し、堤義雄助教授(後の広島大学教授)、岡田育穂助手(後の広島大学教授/佐賀大学教授)、渡植貞一郎助手らとともにウマその他の家畜・家禽の血液型研究、並びに、ウサギ・ウマを用いての生殖機構と卵子生理に多くの研究実績をあげた。また、松本は放牧主体の家畜生産に関する研究と林牧馬の維持を重要視して、1950年に旧・新冠御料牧場の一部から現・北海道大学附属牧場の設立に尽力し約12年間初代牧場長を兼務した。
1964年(昭和39年)に八戸芳夫が教授として昇任し、同年に名称を家畜育種学講座とした。当時、家畜・家禽の病気抵抗性育種に関する研究は殆どなされていなかったが、病気に対する抵抗性と血液型との関連性、抗病性遺伝に関する多くの基礎的知見を得て、わが国のこの分野の発展に大きく寄与した。八戸は、多年にわたる学術振興、教育研究、人材養成が評価され、1998年(平成10年)秋に勲三等旭日中綬章を受けた。さらに、家畜繁殖学の分野でも、堤・小栗紀彦助手(後に帯広畜産大学教授)らが中心となり、ウマ初期胚の非外科的移植方法を各国に先駆けて開発し、本種の効率的増殖手段を確立した。小栗らはウマ初期胚の凍結保存による個体作出にも世界で初めて成功した。
その後、清水弘助教授、上田純治助手が加わり、主にブタ・ニワトリを対象とする血液型遺伝子の研究が展開された。 1987年(昭和62年)、清水弘が教授に昇任し、上田純治助教授(後の酪農学園大学教授)、森匡助手、鈴木啓太助手らとともに中小家畜を対象とした乳牛の泌乳に関する統計遺伝学的諸研究、さらに、ブタの卵母細胞成熟機構・受精機構の解明と体細胞クローン技術に関する研究を展開した。また、従来家畜育種学講座となっていたが、同講座では畜産学領域で重要な分野である家畜繁殖学をも包含して研究を推進してきた経緯により、1992年(平成4年)、講座名が家畜改良増殖学講座に改称され、さらに1997年(平成9年)、大学院重点化により家畜改良増殖学分野となった。
2001年(平成13年)、渡辺智正が北海道大学獣医学部より教授として着任し、山田豊准教授、米田明弘助教(現・奈良県立医科大学・先端医学研究支援機構
准教授
)らとともに、家畜・家禽各種におけるウイルス抵抗性Mx遺伝子に注目した抗病性育種学研究を発展させた。渡辺らは、ニワトリにおいて世界で初めてウイルス抵抗性タイプのニワトリMx遺伝子の同定に成功した。この研究から、ウイルスに抵抗性のあるタイプと感受性のあるタイプが決定され、畜産学における抗病性育種学研究に大きく貢献することになった。また、哺乳類における二細胞期胚発生停止現象に注目した新しい初期胚発生培養系の開発にも取り組んだ。二細胞期胚発生停止を引き起こす原因遺伝子同定を目指して、マウス系統間多型情報を整理し、責任候補領域を絞り込んだ。
2006年(平成18年)、北海道大学大学院農学研究科が組織変更され、研究組織が大学院農学研究院、教育組織が大学院農学院となるとともに、家畜改良増殖学研究室となった。佐賀大学より2010年(平成22年)に着任した川原学准教授が教育研究に参加した。
2012年(平成24年)、高橋昌志が独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センターより教授として着任し、川原らとともに家畜生産の上で極めて重要となる新規発情検出法の開発、家畜初期胚の生理機構に着目した新しい胚生産システムの構築を目指し、遺伝学および発生工学の手法を基礎としながら家畜改良増殖の寄与ならびに哺乳類個体発生機構の解明に取り組んでいる。
2015年(平成27年)、明治飼料株式会社・研究開発部より唄花子が助教として着任し高橋・川原らとともに教育研究を行うこととなった。また、分子遺伝学および発生生物学のような基礎的な研究分野の観点からも広く家畜改良増殖の研究領域を拡大してきた経緯を踏まえて、2016年(平成28年)研究室名が遺伝繁殖学研究室に改称された。