環境昆虫学概論  8回目                12月8日、2005

○ Biodiversityと生物間相互作用
植食性昆虫の寄主の範囲はどのように決まるのか?
2つの主要な要因が関与     preference(親がどの植物を好むか?)、
                performance(幼虫がその植物でうまく育つか?)

「昆虫は、幼虫のperformanceが高い植物をメス(母親)が選んでいるはずである」大多数の例ではこの予想通りになっている。しかし、この考え方では説明できない例もある

・実例 モンシロチョウ属の寄主植物選択---preference/performance 不一致の例
日本には3種ムモンシロチョウ、スジグロシロチョウ、エゾスジグロシロチョウ、(オオモンシロチョウ)
どの種類でも、幼虫はアブラナ科植物の葉を食べる

エゾスジグロのメスは幼虫の育ちが悪いハタザオ属に卵を生んでいる。ハタザオ属では天敵の寄生を回避できるために、わざわざ質の悪い植物を選ぶ。
 生物にとって、食草の選択にはベネフィットとコストが生じる。両方を勘案して、最適な選択を行っていると考えられる

種         主な食草            利益     損失    寄生回避方法
モンシロチョウ   栽培アブラナ科植物(質が高い) 多量・普遍的 寄生圧高い メスの移動
スジグロシロチョウ 森林性コンロンソウなど多数          摂食量大  血球包囲作用
          広食性                    
エゾスジグロ    ハタザオ属(質が低い:狭食性)  寄生圧低い  少ない   茂みによる隠蔽

・preference/performance 不一致の例が多数知られている。その原因をまとめると
  1)進化の途上、時間不足ムム植物の移入、昆虫の移動で未知の植物に遭遇
  2)寄主植物の不安定さ、「保険」をかけるーー仮説段階 
  3)天敵よけ、競争を避ける

○ 生物間相互作用と間接効果 他の例
植物と昆虫間の関係では、間接効果による意外な相互関係が生まれる
1) Rhus属の樹木は、葉をハムシに食われると木の根元から栄養シュートを伸ばす。栄養シュートはある種のカミキリムシが好み、カミキリムシの幼虫が食い入る。カミキリムシが食い入った木では、ハムシにとってさらに好適な状態が生じる
2) ルピナス属の植物は、春にヒトリガの1種の幼虫に食害されると葉の栄養状態が悪化し、夏にその葉を食べる別種のガの幼虫の餌として不適になる。(間接的な負の効果を与える)
3) 同じ種類の植物を利用するヨコバイの種間にも同じような関係が見られる。早い時期に摂食する種は、遅い時期に摂食する種の成長に悪影響を与える。原因は植物のアミノ酸濃度を低下させるため
4)野生のダイコンRaphanus raphanistrumがモンシロチョウ幼虫に食われると、花の数とサイズが減少する。その結果、花に受粉昆虫があまり訪れなくなり、ダイコンは繁殖成功をさげてしまう
5) シカなどの草食獣の摂食によってシラカバ類の葉が食われると、補償作用として新芽の展開が起こり、新芽を利用する植食性昆虫類の数と種類数が増す
6) 菌類に侵されたシラカバの葉では、アブラムシの増殖率が高まることが知られている。菌の攻撃によって、葉の中に高い濃度のアミノ酸が遊離してくるため
7) 昆虫が作った葉巻や虫こぶの跡を他の昆虫が2次的に利用することがよくある。葉巻がたくさんできている木ほど、昆虫の多様性が高まる

○ 食草選択に関わる物質 アゲハチョウ属の産卵刺激物質
   産卵刺激物質と産卵阻害物質の量的関係で寄主が決まる (産卵刺激物質は協力作用)
                  アゲハ   クロアゲハ    キアゲハ(セリ科)
D-(+)-カイロイノシトール  ●
D-(-)-キナ酸 ●
(-)-シネフリン ● ● ▲(チラミン)
L-(-)ムプロリン ●
L-(-)-スタキドリン ● ●
5-ヒドロキシ-Nω-メチルトリプタミン ●
ブホテニン ●
アデノシン ●
ビセニン-2 ●
ルチン ●
ナリルチン ●
ナリンギン ●
ヘスペリジン ● ●
マロン酸エステル ●
クロロゲン酸 ● ●

○ 植物と昆虫間の相互作用
・ 寄主の乗り換えによる種分化(同所的種分化)---ホソガ(葉もぐりガ)の例
植食性昆虫において、種分化は、産卵メスが新しい植物を寄主として選好し、そこに卵を生んでしまうことから始まる。もちろん突然変異によってメスがそれまでの寄主植物の香りを検出できなくなったか、あるいは新しい植物の香りに引き寄せられてしまうことが選好性が変化することの原因となる。同所的種分化が生じるには、少なくとも2つの遺伝因子が変化する必要があります。
1) 産卵メスの寄主選好性遺伝子
2) 幼虫の寄主利用能力を決める遺伝子
これら2つが変化したことによって寄主を変えた例がホソガで見つかった

・ 寄主特異性の遺伝的基盤---なぜgeneralistとspecialistがあるのか?
generalistになった方が、specialistであるよりも、利用できる資源を考えれば有利なはずだ。ところが、自然界はspecialistの数が圧倒的に多い。なぜなのだろう?この理由は完全には理解されていないが、大まかなところはわかりつつあるムムムgeneralistであることにはコストがともなう
 
例 根粒バクテリアとマメ科植物の共生に見られるgeneralistとspecialistの例
    -------generalistはより多くの遺伝子を持っていることが明らかとなった
 昆虫におけるgeneralistとspecialist  例--マイマイガ-カシワマイマイ
 generalistのコスト? 昆虫ー植物ではコストの存在がほとんど明らかになっていない

「より多くの遺伝子を持つことのコスト」は確かに知られている。
 植物の病害虫抵抗性遺伝子 R-gene多くの植物が持っている。しかし、集団内でもすべての植物個体が持つわけではなく抵抗性遺伝子は多型状態を示す。最近の研究ではR-geneを持つことにコストがかかっていることが明らかになった。
  詳細は明らかになっていないが、generalistはより多くの遺伝子を必要とし、それにはコストがかかると理解できるようだ。

質問とその答 (12月1日, 2005)
●昆虫はどうやって植物の遺伝Typeをみわけて利用しているのですか?本能でわかるのでしょうか?
答:まだよくわかっていないことが多いのですが、同じ種の植物でも個体差があり、揮発成分に微妙な違いがあります。虫こぶ(ゴール)を作る昆虫の多くは、そうした成分の違いを見分け、感受性の個体を選別しているようです。虫こぶ形成者の種によっては、1本の木からほとんど移動しないものもいます。移動しなければ、親が成功した木に自然に寄生できるので、子にとってはたいへん好都合です。私と院生が調べたところでは、北大構内にたくさん生えているハルニレにゴールを作るアブラムシでは、ハルニレの個々の木からアブラムシが移動せず、その結果、木の個性に適応して、木の間で遺伝的分化をとげていることがわかりました。
●ブナアオシャチホコが大発生した年に食害を受けたブナは、翌年フェノール類を多く含み窒素量の少ない葉をつけるそうですが、その翌年の葉は一昨年の葉と同じ程度のフェノール類・窒素を含むのでしょうか。ブナアオシャチホコの発生量を2年続けて予測できるのかが気になります。
答:ブナアオシャチホコが大発生した翌年(2年目)に、どの程度のブナアオシャチホコが発生するかによると思います。2年目も大発生ならば、その食害が刺激となって、3年目にもフェノール量は増えると思います。フェノール量に対して、年を越えた食害の累積効果があるかどうかは誰も調べていません。面白いテーマです。
●ワタアブラムシが種全体としては広食性を示すが、各個体は狭食性を示しているのがおもしろかった。種レベルで広食性を示すことで、環境が変化してあるhost plantが消失しても生き残る個体がいて、種の維持につながるのでしょうか?
答;そうではないです。自然選択は「種を維持する」ようには働きません。自然選択の単位は、この場合クローン(biotype)で、1年を通してよく増えるクローンが最終的に割合を増すことになります。なぜたくさんのクローンが生じてきたかというと、単純に突然変異が蓄積してきたからで、このこと自体は自然選択の働きでも、「種を維持する」働きによるものでもありません。テレビの自然番組では、生物の巧みな適応の仕組みを紹介した後に「このようにして生物は種を維持しているんですねー」という決めの言葉が入ることがありますが、だまされないでください。種を維持する仕組みはどこにもないというのが、専門家の共通した認識です。
●植物種によって細胞の構成物質というのは大きく違うのでしょうか。もし大きな違いがないなら、広食性の昆虫がもつ色々な酵素というのは主に毒を分解する酵素でしょうか。
答:例えば、落葉広葉樹の種間では、化学物質(2次的代謝物質)の成分にそれほど大きな違いはないと思います。しかし、草本類では極めて大きな違いがあります。キク科、セリ科、シソ科と思い浮かべてみても、香りも、口に含んだ時の味覚も大きく違います。これはそれぞれのグループが独特の2次的代謝物質を作っているからです。広食性の昆虫は主に落葉広葉樹を利用するものに見られます。落葉広葉樹でももちろん種間で違いはありますが、広食性昆虫が持つ特定の解毒酵素によって比較的多くの種を利用できるのではないかと思います。
●広食性の昆虫はマイマイガの他にどういうものがありますか?
答:大型のガであるオオミズアオ(樹木)、ヒトリガ各種(草本)、スズメガ各種(草本・灌木)などです。ガの仲間では、調べるとたくさんの多食性の例が見つかります。
●植物が昆虫に対して防御策をとる時に、木などでは世代交代の頻度が昆虫より少ないので、不利な気がします。そんなことはないのですか?
答:良い指摘です。樹木は昆虫よりも世代交代が少ないので、昆虫は次々と遺伝的に新しいタイプを作り出して樹木を攻撃する可能性があります。しかし、1本の樹木は、動物とは異なり遺伝的に均一ではありません。体細胞突然変異は動物では全く問題になりませんが、長命な樹木では無視できません。1本の樹木は、異なる体細胞突然変異を持つクローン体の集合と考えることができます(個体であって個体でない)。古くから「枝変わり」という現象が知られており、果実の品種改良にも利用されてきました。したがって、1本の木は遺伝的にも多様で、この多様性が昆虫の食害を防ぐことに役割を果たしている可能性があります。このような観点は、生態学的にも重要です。
●トレンチ行動というのはうまい行動だと思った。ガの幼虫でどんなものがトレンチ行動を示すのでしょうか。
答:イラクサギンウワバというガがいますが、この種の幼虫は多食性で、キャベツ、レタス、キク、ピーマン、オクラ、ニンジンの害虫として有名です。幼虫は、摂食する前にトレンチを作ります。
●トレンチ行動で最初に切れ目を入れるとき、どうやって切れ目を入れるのですか?食べて切れ目を入れるとしたら防御物質にやられるのではないですか?
答:トレンチを切る時には、幼虫は葉を飲み込みません。大顎でかみ切って、切れ目を入れるだけです。
●トレンチ行動ですが、最初に葉に切れ目を入れる時には誘導防御物質は出てこないのですか。
答:葉に含まれる2次的代謝物質の影響は受けるでしょうが、誘導防御として合成される物質の影響は受けません。こうした物質は、食害後にその葉に移動してきます。
●トレンチ行動についてですが、広食性の種は多くの植物を利用するためにトレンチ行動を行うようになったのか、トレンチ行動が発達していったことで多くの植物を利用するようになっていったのか、というのはわかっているのでしょうか。
答:広食性の種でも全くトレンチを行わない種も多いです(オオミズアオなど)。一方、単食性のオオニジュウヤホシテントウの仲間にも、トレンチを行うものがいます。トレンチ行動を示す一部の種が、その行動の結果として多食性を獲得したのではないかと思います。
●寄主転換は広食性昆虫のpreferenceを決定する遺伝子の変化として現れるのでしょうか(もともと転換する植物を利用できる)?それともある突然変異個体がその植物を利用できるようになることで起きるのでしょうか?
答:重要な指摘です。1)幼虫が生理的に利用できるのに利用していなかった植物があったとします。このような植物への寄主転換は、母親のpreferenceを支配する遺伝子が1つ変化するだけで生じます。2)幼虫が利用できず、メスも産卵していなかった植物に進出する場合も知られています。この場合には、メスの選好性を支配する遺伝子と、幼虫の利用能力がともに(同時に)変化する必要があり、たいへん起こりにくいことです。こうした寄主転換が生じると、種分化(同所的種分化と呼ぶ)に至ります。近年、同所的種分化の証拠が多数挙げられるようになりました。
●オオニジュウヤホシテントウは寄主をミヤマニガウリからジャガイモに替えたということでしたが、ジャガイモはミヤマニガウリの近くに生育していたのですか?そのために、大量に生育している他の植物ではなくジャガイモに寄生するようになったのですか?
答:オオニジュウヤホシテントウの場合は同所的種分化ではありません。もともと集団中のほとんどの個体が他の作物よりもジャガイモに選好性を示し(未知の植物であったわけですが)、幼虫もそれを利用できたと考えられます。もちろん両植物は近くに生えていたはずです。ミヤマニガウリは里山の植物です。
●植物が誘導防御物質を初めから蓄えておかないのはなぜですか?コストの問題?
答:おそらくコストの問題だと思います。
●誘導防御は、早いものだとどのくらいで誘発されるのですか?
答:調べたことがないので推測ですが、幼虫が摂食している間に物質が移動してくるわけですから、数分~10分くらいに起こる反応でしょう。
●有害物質は植物のどこでつくられるのか。
答:葉ですが、特別の器官があるわけではありません。それ以上は植物生理学の先生に聞いて。
●植物が葉に2次代謝物質を含む理由はわかるのですが、カキ(渋柿)はなぜ実に2次代謝物質であるタンニンを多く含むのですか?植物にとっては実を食べられることにより種子を遠くへ運んでもらった方がいいと思うのですが・・。
答(TA):種子が熟す前に食べられることを避けるために、甘柿も渋柿も熟す前は水溶性のタンニンを含み、食べると渋みがあります。成熟した種子からはタンニンを不溶性に変化させる物質が出て渋みがなくなりますが、渋柿では溶けるくらい熟れないとこの変化が起こらないのです。人間はそれまでに収穫してしまいますが、熟れたらちゃんと鳥に食べられます。カキ以外でも、果実が有毒成分を含む例は多いですが、どれも熟せば有毒成分が消失します。
●トリカブトもやはり2次代謝物質を含んでいるのですか?またこれを食する昆虫はいるのですか?
答(TA):トリカブトは2次代謝物質としてアルカロイドの1種をもちます。これは哺乳類には有毒ですが、昆虫では神経伝達物質の違いから毒として働きません。トリカブトを食べる昆虫もいますし、ハチも蜜を吸います。(秋元)トリカブトのアルカロイドは昆虫一般に対して有毒物質になっていると思います。利用できるものもいますが。
●食虫植物に対する昆虫の忌避物質なんてのも発見されていたりするのでしょうか?
答:食虫植物はほとんど昆虫に食べられません。物理的防御にたより、化学的防御は行われていないようです。もちろん忌避物質を出したら逆効果ですね
●ジャガイモを食べて育ったニワトコフクレアブラムシは何も有毒成分を取り込まないのですか?ジャガイモの塊茎の芽にはソラニンが含まれているのは有名な話ですし、ジャガイモの葉などにもそのような毒はあると思うのですが。
答:ジャガイモにも毒は含まれますが、ニワトコの毒に比べれば、テントウムシの幼虫にとって解毒しやすかったと言うことでしょう。相対的な比較です。どの植物につくアブラムシでも、そこからなにがしかの毒を吸収していますので、テントウムシの幼虫はさまざまな解毒酵素を備えているはずです。
●有毒成分を取り込んでいる昆虫は自身には毒にならないのでしょうか?どのような形で取り入れ、体内に保持しているのですか?
●有毒成分を含む植物を食草としている昆虫類において、その毒そのものが昆虫に与える悪影響はないのか?
答:有毒成分を含む植物に特殊化している昆虫では、その「有毒」成分は有毒になりません。むしろ毒性分を抜いてしまうと、成長率が低下する場合もあることが報告されています。ハムシ(甲虫)の幼虫だと、植物から取り込んだ毒成分を貯めておく腺を持っています(反転腺)。おそらく、有毒成分は血液にとりこまれ、腺に送り込まれるのだと思います。血液自体が有毒なハムシも知られています。
●植物の有毒成分を取り込んで自らを有毒化する昆虫では、警戒色が表れるのは有毒成分を取り込んだ後ですか?それとも、もともと警戒色がついているのですか?もともとついている方が被食回避しやすいと思いますが・・?
●specialistの昆虫が寄主植物から有毒成分を取り込んで捕食者から身を守るというのがありましたが、この取り込んだ有毒物質によって昆虫の体の色が変化して警戒色となるのですか?それとも有害物質に関係なく体色が変化するのですか?
答:警戒色は、昆虫が有毒成分を取り込むようになった後に進化してきたものです。もともと警戒色ということはありません。目立つムシが無毒であれば、捕食者にすぐに食われてしまうでしょう。警戒色は有毒物質の直接の影響ではありません。有毒物質を取り込んだことで、後に体色を決める遺伝子の頻度が変化したのです。
●どこかで有毒成分をもつ個体ともたない個体がある昆虫(ミルクウェイド(?))がいるとききましたが、有毒成分をもつにはコストがかかるはずですよね?どうして有毒成分をもとうとする遺伝集団ともたないとする遺伝集団の頻度がつりあうのでしょうか?もとうとしない個体の方が有利な気がするが。[持つ→集団(種)に有利、自分に不利][持たない→自分に有利]ですよね?
答:おー、すごい指摘だ。オオカバマダラの幼虫はトウワタ(ミルクウィード;強心配糖体を含む)を食べますが、幼虫によって強心配糖体をあまり含まないものから多量に含むものまであることが知られています。強心配糖体を多量に含むことで、もし幼虫にコストがかかるならば(成長率が低下するなど)、指摘の通りそれを取り込まない方がよいわけです。しかし、集団のいくつかの個体が自分を犠牲にして強心配糖体を取り込んでくれると集団全体として有利になり(捕食者から有毒生物と見なされる)、その集団に含まれる個体全体が利益を得ます。もし、このような状況であれば、有毒性は「集団選択」によって維持されることになります。これはたいへん面白い問題なので、オオカバマダラの幼虫にとって強心配糖体を取り込むことがコストになるにかどうかをまず調べる必要があります。自然選択がよくわかっていない人に「集団選択」の説明をすると混乱するので、あまりしたくないのですが、自然選択に加えて、集団選択もありうる選択の様式です。
●寄主植物から有毒成分を取り込み、選択蓄積している昆虫は有毒とあったが、自身で毒をつくりだしている昆虫も多いと思うのですが、身近なものでそのような昆虫はいるのですか?
答(TA):敵にとって有毒な物質をつくるのはスズメバチ、ツチハンミョウ、ドクガなど。不快な物質(臭いとかまずい)をつくるのはテントウムシ、カメムシ、オサムシ、アゲハチョウの幼虫など。たくさんいます。これらの昆虫は、自ら有毒物質を合成しています。(秋元)上でハムシの例を挙げましたが、ハムシの中にも植物体から直接毒物質を取り込む場合と、ハムシが自ら毒物質を合成する場合があります。
●警戒色について学んだが、これを真似して毒がないのに毒々しい色をしている虫はいるのだろうか。
答(TA):ハチに擬態するハナアブ、有毒のチョウに擬態するチョウ、テントウムシに擬態するアオバセセリ幼虫やテントウノミハムシなどなど、たくさんいます。しかし擬態するものが多すぎると鳥にとって警戒色の意味がなくなって、そうなるとかえって目立つためによく食べられてしまうので、このような擬態は微妙なバランスで保たれています。
●人間を死に至らしめるほどの毒をもった昆虫はいるのですか?また、どのくらいいるのですか?
答(TA):ツチハンミョウ科のいくつかの種は猛毒のカンタリジンをもちます。人の致死量は30mgで、成虫数匹分。時代劇で毒薬としてでてきたりします。
●秋元先生が今までに食べたことのある昆虫を教えてください。
答:イナゴ、ケブカスズメバチ、オオスズメバチ、クロスズメバチ。学部学生だった頃、院生にスズメバチの研究者がいたので、秋になると飲み会の時に頻繁にスズメバチ幼虫の「お料理」が出ました。今は出ないですよ。安心(?)してください。
●エゾスジグロ以外のモンシロチョウ属の幼虫でも、ハタザオ属の植物で育つんでしょうか?同じく育ちが悪いのですか?
答:どの種類の幼虫でも、ハタザオ属植物を餌として与えると育ちが悪くなります。
●エゾスジグロは長い期間のうちにハタザオで育ちが良くなって(ハタザオでの育ちの悪さを克服して)より有利になっていくことは考えられますか?
答:たぶん、現在でもハタザオ属に適応しているのだと思いますが、現状が精一杯ということでしょう。ハタザオ属の2次代謝物質に対して適応できても、ハタザオ属の葉では窒素成分自体が低い可能性があり、そうだとすれば成長率を高めることは困難です
●エゾスジグロがハタザオ属にもっぱら卵を産むのはそこに卵を産むものが生き残ってきたからですか?他の植物に卵を産んだりはしないのですか?
答:エゾスジグロの中で、ハタザオ属に卵を産むものが生き残り、別の植物を利用したものは生き残れなかったのです。あるいは、別の植物に卵を産む遺伝特性を持つものが生じても、その遺伝子は集団の中に広がらなかったということもできます。
●以前実家にいた頃モンシロチョウの幼虫を畑からとってきて飼っていました。飼っていた幼虫の9割くらいは成虫になり飛んでいったのですが、キャベツの葉をむしって幼虫に与えても、その葉には幼虫にとっての有害物質がでてくるのですか?それとも、キャベツの葉の一部分が食害を受けてかじられた時だけなのですか?
答:難しい質問です。ちぎった葉には、誘導されて生じた有毒物質がどれだけ含まれるかということですが、誰も調べてはいないと思います。キャベツの場合では、幼虫が葉を食べると誘導防御が生じ、誘導防御された葉を食べたモンシロ幼虫は成長が若干悪くなることがわかっていますが、死亡するほどではありません。人がちぎった場合には誘導が生じないかもしれません。こうした反応は植物ごとに異なり、それぞれの場合について調べてみないとよくわかりません。
●寄生されたモンシロチョウの幼虫はすべて死んでしまうのでしょうか?
答:アオムシコマユバチあるいはハリバエにモンシロチョウが寄生されると必ず死んでしまいます。アオムシコマユバチはモンシロ幼虫の体内に何10卵も生み付けますが、10卵以下しか生ませないとモンシロ幼虫の血球包囲作用で卵が殺されます
●ナナツボシテントウムシは良いイメージがありますが黒いテントウムシは悪いイメージがあります。それは黒っぽいテントウムシに植物を食べる種が多いからですか?あと、ナナツボシテントウムシはムギの穂によくくっついているのを見るのですが、なぜですか?ムギにはアブラムシがたくさんつくイメージがないので謎です。
答(TA):黒いテントウムシに作物の害虫が多いかどうかよくわかりません。ナナホシテントウはアブラムシのいない時期をやり過ごすためにイネ科草本の根元で集団で越冬・越夏するので、ムギについていたのでしょうか。(秋元):黒っぽいテントウというのはオオニジュウヤホシテントウの仲間です。ナナホシテントウはムギの穂によくいますが、それはムギの穂にアブラムシがたくさんつくからです。アブラムシは穂の中に巧く隠れているのでよく見ないとわからないですよ。
●基礎的なことですみません。ゴール(虫こぶ)って何ですか?
答:昆虫が植物組織を刺激することによって植物組織の増殖を引き起こし、いろいろな形状に変形させた部位のことで、昆虫はゴールを食物や巣として利用します。バラ、コナラ、ケヤキ、ハルニレなどにコブ状のものを見ることが多いです。ゴールは、タマバチ、タマバエ、アブラムシ、ミバエ、ダニによって作られます(作る種は決まっている。ゴールの形も昆虫の種によって違います)
●ゴールをたまに見かけますが、どうやってつくっているのですか?何か特別な物質を出して葉を丸めているのでしょうか?
答:ゴール形成昆虫は、植物の成長ホルモン様の物質を持っていることはわかっています。しかし、詳しいメカニズムは全くといって良いほどわかっていません。
●兵隊アブラムシは相手を刺し殺すということでしたが、毒などをもっているのですか。ただ刺すだけでは、ひるませることはできても絶命させることはできないと思うのですが。また、ターゲットとなるのは、アリやテントウムシですか。
答:兵隊アブラムシが相手にしているのは主にヒラタアブ幼虫です(アブラムシの捕食者)。ある種の兵隊アブラムシは、口吻にタンパク分解酵素を持っていることがわかっています。これは、相手にとっては有毒な物質です。
●寄生蜂はwaspの仲間に入れられるのですか?それとも全くの別物として扱われるのか。幼虫は宿主の養分を奪うようですが、成虫は何を食物としているのか知らないので。
答(TA):wasp(カリバチ)は狩りをするハチの総称で、幼虫のエサとして昆虫やクモを狩って自分の巣に持ち帰ります。モンシロチョウ幼虫の寄生蜂には、カリバチに入るもの(アシナガバチ、ジガバチ)と入らないもの(アオムシコマユバチなど)がいます。しかし「カリバチ」は狩りをするという特徴でまとめられただけで、構成メンバーは複数の上科にまたがっていて、そもそもあまりはっきりした分け方ではないです。「原始的なカリバチ」として、いわゆる寄生蜂に似たタイプの、巣をつくらず寄主昆虫の卵や幼虫をみつけてそのまま卵を産みつけるものもいます(セイボウ、ツチバチなど)。また獲物を狩って巣に持ち帰るタイプも、幼虫にそのまま獲物を食べさせるタイプ(スズメバチ、アシナガバチ)と、獲物を毒針で麻酔して卵を産みつけるタイプ(ジガバチなど)がいます。しかしカリバチもそれ以外の寄生蜂も、幼虫の餌や与え方が異なりますが、成虫はみな花蜜や花粉、樹液、果実の汁などを餌としています。
●アリジゴクの成虫、ウスバカゲロウは口がないので数日で死んでしまうらしいですが、成虫になるメリットは何ですか?
答(TA):成虫は繁殖を行う重要なステージです。そのために、幼虫期に多くの栄養を蓄えることが大切です。成虫が食物をとらない昆虫は他にもいて、そのような種では繁殖のための栄養(卵や精子の成熟、繁殖行動のエネルギー源)を幼虫の時期に蓄えてから羽化します。これは幼虫期は栄養摂取時期、成虫期は繁殖期という区切りをはっきりつけたパターンで、おそらく幼虫期の環境や体制の方が成虫期のそれよりも効率よく栄養を摂取できる状況にある昆虫で進化したと考えられます。しかし例えばチョウでも、幼虫期は植物組織(タンパク質など栄養が豊富)を食べて成長しますが、成虫期は繁殖のためのエネルギー源として蜜を吸うだけです。成虫が摂食しないというのは全く特殊な状態というわけではないです。
●部活で冬山によく行くのですが、雪面をよく見るとアリ?の様な小さい虫がたまにいます。心当たりのある虫はいますか?数mの積雪上で何を食べているのでしょうか。
答(TA→カワゲラの専門家):おそらくそれはセッケイカワゲラと呼ばれるクロカワゲラ科の成虫です。幼虫は河川性で秋から冬に川の中で落ち葉を食べて成長し、冬に羽化して成虫が雪上に出てきます。幼虫期には川の流れでどうしても分布が下流域にずれてきてしまうので、成虫はそれを補うべく雪の上を川に沿って上流まで歩いて登るのです。これらの種はカワゲラの中では飛び抜けて寿命が長く、春まで数ヶ月かけて歩き続けます。その間、雪の中の地衣類や微生物を食べ、夜や気温の著しく下がるときは雪にもぐりこんで凍結を防ぎます。そのうち卵や精子が成熟したら交尾して、春に川の中に卵を産み落とします。他に冬に雪渓上に表れる昆虫は、別の科のカワゲラや、クモガタガガンボ(双翅目ですが翅が退化してクモの様な形をしている)、ユスリカ(蚊の小さいみたいなの)などがいます。
●前TVでテントウムシが冬に家の中にビッチリいる映像を見たのですが、やはり寒さからのがれるためですか?
答(TA):テントウムシやカメムシは成虫で集団越冬するものがいますが、風雨をなるべく避けられる物陰に入ります。
●一番長生きする虫はなんですか?
答(TA):アリの女王は長生きで、ヨーロッパトビイロケアリで29年生きた記録があります。他に、永久的休眠(クリプトビオシス)を行うものがいて、環境が悪化すると無代謝状態の休眠に入り、環境が好転するまで半永久的にこの休眠が続きます。アフリカの半乾燥地帯に住むネムリユスリカ幼虫は乾燥するとクリプトビオシス状態となり、10数年後にでも水を与えると甦生します。乾燥してくると体内でトレハロースを大量に合成して、これを細胞内の水と置き換えて生体成分や細胞膜を保護するようです。乾燥状態に120年間おかれたコケを水につけたらワムシや線虫が甦生した話もあります。休眠の場合は、長生きとはまた別の話ですが。
●昆虫も病気にかかるのか。
答(TA):昆虫も菌病やウィルス病にかかります。ハエに感染するハエカビや鱗翅目の幼虫について病気を起こす菌、一夜で数百の毛虫が死ぬウィルス病などさまざまなものがあります。しかし病原体があればすぐ感染して発病するわけでもなく、体表面のワックス成分で感染をできるだけくいとめたり、防御する免疫機構も持っています。しかし体の条件が悪いと発病しやすく、昆虫が大発生した場合は病気も大発生することがあります。
●いつも授業おもしろいです。応用昆虫学分野では授業でやっているようなことを研究しているんですか?
答:そうです。昆虫体系では、いろいろな材料を使って、いろいろな観点から研究を行っています(まとまりはないですが----)

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