環境昆虫学概論 7回目 12月1日、2005
Biodiversityと生物間相互作用
○ 寄主植物(host plant)の範囲はどのように決まっているのか?
多くの植食性昆虫は、特定の植物だけを利用する単食性か狭食性である。多くの植物を利用すれば、食物不足、食物探索のコストを減らすことができ明らかに有利である。ところが、広食性の昆虫は極めて稀である。なぜなのか?昆虫ム植物間の共進化という点から説明する。
※ 単食性(monophagus)、狭食性(oligophagus)、広食性(polyphagus)
specialist < -------------------------------------------------->
generalist
・単食性 ゴール(虫こぶ)形成者 ある植物種の中の特定の遺伝的タイプだけを利用(感受性、抵抗性)
・見かけ上の広食性 ワタアブラムシは200種以上の植物を利用すると報告されている。
しかし、ワタアブラムシは単為生殖性で、たくさんの狭食性のBiotypeに分かれている
・行動によって広食性を獲得 植食性昆虫の幼虫によるトレンチ(trench)行動。葉に切れ目を入れることで植物の誘導防御物質の流入を防ぐ。トレンチ行動を示す種の中には、広食性の種が知られている
寄主植物は進化的・歴史的に変化する;寄主の交替(host shift)
・オオニジュウヤホシテントウ 野生のミヤマニガウリからジャガイモの害虫へ 100年以内の変化
植物の植食性昆虫に対する防御ム2次的代謝物質 植物の種によってさまざまな物質が作り出されている
強心配糖体(トウワタ)、シアン配糖体(マメ科)、クマリン類(セリ科)、
カラシ油配糖体(アブラナ科)、カクビタシン(ウリ科)、フェノール化合物、テルペン類(樹木)
Specialistの昆虫類は、寄主植物の2次的代謝物質を解毒する能力を持つ
植物の防御様式
・質的防御 高い生理作用(強い毒性)をもつ物質の合成(作るのにコストがかかる)。このため、
重要な部分(新葉、果実、草本)に集中させるーアルカロイド、テルペン、クマリンなど
・量的防御 作るのにあまりコストのかからない物質を大量に生産。食物としての質を低下させる
ムセルロース、タンニン、リグニン
・物理的防御 トゲ、葉表面の分泌毛 ム野生植物の葉の表面には細かな毛が密生している。
こうした毛の一部は、分泌毛と呼ばれ、毛の先が太くなっており、そこから防御物質を分泌
・誘導防御(抵抗性) 昆虫による食害が刺激となって、昆虫に対する防御物質を誘導する
食害→ジャスモン酸・エチレンの合成→その葉、あるいは他の葉で忌避物質(フェノール等)合成
食害された葉を植食性昆虫に与えると成長が悪くなるという報告は多い
・昆虫の有毒性
有毒成分を含む植物を食草としている昆虫類は、寄主植物から有毒成分を取り込み、捕食者から
身を守る → 警戒色の進化
植食性昆虫の寄主の範囲はどのように決まるのか?
2つの主要な要因 preference(親がどの植物を好むか?)、
performance(幼虫がその植物でうまく育つか?)
・実例 モンシロチョウ属の寄主植物選択---preference/performance 不一致
日本には3種ムモンシロチョウ、スジグロシロチョウ、エゾスジグロシロチョウ、(オオモンシロチョウ)
どの種類でも、幼虫はアブラナ科植物の葉を食べる
エゾスジグロは幼虫の育ちが悪いハタザオ属に卵を生んでいる!ハタザオ属では天敵を回避できる
・preference/performance 不一致の原因をまとめる
1)進化の途上、時間不足
2)寄主植物の不安定さ、「保険」をかける
3)天敵よけ、競争を避ける
質問とその答 (11月24日, 2005) TAとなっているのは、teaching assistantの院生の回答です
●訪花昆虫と1:1の関係にある植物が訪花昆虫を失った場合、自家受粉によってのみ種族保存がなされると思うのですが、この後は別の訪花昆虫を誘う多対多の方向になることが予測されるでしょうか。特殊化してしまっているのでゆるやかに絶滅していくのでしょうか。
答:訪花昆虫と1:1の関係にある植物は、そもそも環境条件が厳しく、多様性に乏しい環境で成立するものです。pollinatorを選ぼうにも選べないような環境でないと1:1の関係は成立しません。日本のように生物が多様な環境だと1:1の関係はほとんど知られていないと思います。したがって、1:1から多対多への変化は知られていません。
●昆虫受粉者と植物との間に1:1の関係が成り立っている場合、どちらか一方が絶滅するともう一方も絶滅してしまうのでしょうか?
答:絶滅する可能性が高いと思います。非常に脆弱な関係です
●昆虫が減少したことで植物が他殖性から自殖性になってしまうことも、進化のようなものですか?
答:進化生物学での進化の定義は「集団内における遺伝子頻度の変化」というもので、「改善される」という意味合いはありません。他殖性から自殖性に変われば、遺伝子頻度も変化しますので、当然進化が起こったことになります。
●毛が生えているBeeは、花粉が体につくようにそのような毛を生やしているのか?
答(TA):花粉は幼虫の食物であるので、多くのハナバチは巣に持ち運ぶために花粉がつきやすい毛をもっています。原始的なハナバチでは花粉を蜜とともに飲み込んで巣に運びますが、一方ミツバチでは花粉を運ぶための仕組みがよく発達していて、脚の脛節が花粉をためるバスケット状で大量の花粉を運ぶことができます(オスにはありません)。かわりに胃には蜜をたくさん入れることができます。ただ、寒冷地に適応したマルハナバチでは、ふかふかの毛が保温の役目を持つと言われています。
●植物は昆虫に花粉を多く運んでもらうために、昆虫を引きつけるような蜜を作り出すことをしているが、昆虫は蜜を与える植物に対して花粉を運んでいることを意識しているのだろうか?
答(TA):昆虫には植物の受粉を助けるという意識はありません。昆虫はなるべく効率よく蜜や花粉を得られる方向に、植物はなるべく効率よく受粉できる方向に、変化してきただけです。
●花は一度しか蜜を分泌しないのですか?
答:そのようなことはありません。1つの花は何回も蜜を分泌します。多くの植物では、蜜が分泌される時間が決まっているようで、例えばツル植物のヤブガラシの花ではAM11:00とPM3:00に蜜を分泌することが知られています。昆虫によって採蜜されなかった蜜は植物が吸収しますので、無駄にはなりません。
●花の形態とハチの特殊化についてはなかなか理解できたと思う。そこで思ったのだが、waspの天敵に対する攻撃性は特殊化しないのでしょうか?手当り次第に攻撃しているイメージがある。また一度刺すとその個体は死ぬそうですが、そのような性質にはメリットがあるのでしょうか?
答(TA):カリバチ(wasp;幼虫のエサとして昆虫やクモを狩るハチの総称)には、社会性をもつもの(スズメバチ、アシナガバチ)と単独性のもの(ベッコウバチ、ジガバチなど)がおり、社会性をもつものは強い攻撃性を示します。社会性カリバチの本来の天敵は哺乳類ですが、特殊化していません。天敵はさまざまなので、特殊化すると不利です。しかし獲物として狩る対象には特殊化がみられ、ベッコウバチはクモ、ツチバチはコガネムシの幼虫、スズメバチは専食性のものから広食性のものまでいます。刺すと死ぬことについて:一度刺すと針が取れてしまって死ぬことが多いのはミツバチだけで、他のハチは一度刺しても死ぬことはなく何度でも刺せます。ミツバチでは針の先に「かえし」がついていて一度刺すと抜けずに毒袋とともに取れて、敵の体に残ってどんどん毒を注入します。針が取れた個体は死ぬ確率が高いですが、針を残す戦略はクマなど蜜を狙って巣を襲う敵に対して有効なのかもしれません。
●サルナシのにせの花粉の話ははじめて聞いて驚きました。身近に同じような戦略をしている植物はいるのですか?
答:グループは同じですが、マタタビ、キウイフルーツも同様です。
●北大や植物園などの閉鎖的な環境では多様性維持が難しいと言われていましたが、市街地などで分断されていると孤立した生態系になってしまうのでしょうか?
答:分断化された林地は孤立林と呼ばれ、近年孤立林での生物の遺伝的特性に関心が集まっています。一般的に言えるのは、pollinatorを失ったり、密度が減少することによって、植物では外交配が難しくなっていると言うことです。「緑の回廊」という言葉を聞いたことがあると思いますが、孤立した林地を作らないために動植物が移動できるような回廊で飛び地をつなぐことが提唱されています。林地間の移動を高め、外交配を促進するためです。都市計画では、今後このような視点が重要です。
●花にあわせて昆虫の口吻が長くなると言いましたが、その進化にはどのくらいの年月が必要ですか?昆虫だと進化にかかる時間も他の動物に比べてわりあい少ないんですよね?
答:これは一概に言えません。自然選択の強さと生物集団に保有されている相加遺伝分散の量に依存して決まります。しかし、一般には100世代~200世代もあればこうした変化は完了しているはずです。
●runaway processはとまらないんでしょうか?花の距の長さと口吻の長さは、ずっと長くなりつづけるんですか?とまるとしたら、どういうきっかけでとまるのですか?
答:ranaway processが働いて、昆虫の口吻、植物の距ともに長くなっていくのは、大きくなることが有利だからです。ところが、大きさが増して行くにつれて、次第に有利性が減少してきます。というのは、大きくなればなるほど、どちらの側も製造コストが大きくなるからです。ある値に達すると、有利性とコストがつり合って、そこで進化は止まってしまいます。このような状態を安定平衡状態と呼びます。
●runaway processは大変興味深いものでした。花の距の長さ(y)と昆虫の口吻の長さ(x)は、最終的にはx=yになるんですか?
答:両者の共存が成り立っていると言うことは、x=yになるということです。もし、植物の距の長さがある長さ(x)で安定したとします。しかし、昆虫の口吻は、あまりコストがかからないためにもっと長くなれたとします(y>x)。すると、植物は蜜だけ提供して受粉してもらえないために、やがては絶滅してしまいます。するとえさ資源を失い昆虫も絶滅に至ります。このように、1:1関係はたいへんもろい関係でもあります。
●口吻が15cmにもなるガの存在が興味深かった。そんなに長くて折れないのか。もしかして巻かれているのか??
答(TA):鱗翅目の蜜を吸う口器は普段は巻かれています。付け加えると、ダーウィンはマダガスカル島で見た花筒の長いランの花から、その長い口吻を持った蛾の存在を予言しました(1862年)。予言されたスズメガは1903年にマダガスカル島で発見され、口吻の長さは27.5mmありました。
●口吻が長いことによるデメリットはないのですか?
答(TA):生活上邪魔になる、長い花以外の蜜が吸えなくなる、長い口吻をつくるのにコストがかかる、などのデメリットはあります。デメリットがあっても、一度動き出したら止まれずにある方向へ突っ走ってしまうのがランナウェイ・プロセスです。
●マルハナバチも普通のハチと同様に刺したりするんですか。また、小説で読んだことがあるのですが、マルハナバチは寒いと冬眠状態になるんですか。
答(TA):マルハナバチにも毒針がありますが、性質がおとなしくてよほどのこと(つかむとか巣を壊すとか)が無い限り攻撃してくることはありません。冬眠について:巣では秋になると働きバチは産まれなくなり、新女王とオスが産まれるようになります。やがて古い女王と働きバチは死に絶えて、新女王とオスは巣を出てそれぞれ新しく出会った相手と交配します。オスは間もなく死んで、新女王のみがお腹に冬越しのための蜜をたくわえて、地面などにもぐって冬眠します。春になると出てきて、また新しい巣を作ります。マルハナバチは昆虫の中では例外的に寒さに強く、北海道では雪解け後真っ先に出てきて訪花する昆虫です。
【種間相互作用の生態学】
(以下のアリーアブラムシ相互関係については、大部分が、専門の八尾泉氏(COE研究員)による答です。アブラムシにとってはアリの随伴がコストにもなっていることを発見し、アリ随伴によって甘露の質が変化することを世界で最初に示しました)
●アリがアブラムシから多大な養分を受けとっているのはわかりましたが、アブラムシはそれによって成長が阻害されたりするのですか?
答(八尾):アブラムシは植物の師管液を十分に消化・吸収できないまま甘露中に流入させてしまっているので成長が阻害されています。具体的にはアブラムシの体サイズや胚子数(子供の数)の減少、成虫になるまでの期間が長くなるなどの弊害が生じています。
●アブラムシが自分の栄養分を犠牲にしてアリに甘露を出しているということですが、その甘露の成分というのはやはり個々によってちがうのですか?例えば捕食者の多い所では多くのアリに来てほしいから、成分もリッチになったりするのですか。
答(八尾):これは面白い質問ですね。甘露は糖やアミノ酸などを含んでいます。その構成はアブラムシ個体間でそれほど違わないのですが、全糖濃度や全アミノ酸濃度は個体によってかなりばらつきが見られます。つまり、甘露に入っているものは同じですが、その割合が違っているのです。この違いが捕食者の数に反応しているかどうかは分かりません。むしろ吸汁している植物の質が甘露の質に影響を与えていると考えられます。しかしながら、捕食者の存在が甘露の質に与える影響も考えられることです。捕食者の数や種類をコントロールした実験を組んで確かめることが必要ですね。
●アリとアブラムシの相利共生の話で、アリ排除区では産子数が増えると聞きましたが、アリにアミノ酸やブドウ糖を多く含む甘露を与えて、子供の数を減らすよりも、子供数を増やした方がメリットが多いような気がするのですが・・?
答(八尾):アリがいると本来自分で利用できる栄養が甘露中に流れてしまうので子供の数が少なくなってしまうのです。しかし、アリがいるお陰でアブラムシの捕食者(クモやテントウムシ等)は簡単にはアブラムシコロニーに近づけません。その結果、アブラムシコロニーは全滅を防げるのです。
●アブラムシとアリが共生関係にあるとき、アリがアブラムシの捕食者を追い払うのは捕食者に自分のエサ(甘露)を取られていると認識しているのだろうか。それともそれ以外の理由が原動力なのか、特に理由はない(?)のか、・・・。そんなことわからんと言われればそれまでですが。
答(八尾):エサを取られているという認識はないと思います。攻撃性の強いアリはアブラムシがいなくても動く物には反応します。アリは体表の炭化水素(体の匂い)の違いで自分の仲間とそうでないものを認識しています。自分たちと違う匂いで、しかも動く物に何にでも反応するのです。しかし、その匂いが自分の仲間なのか、植物の匂いなのか分からない物にはたとえ動いていても攻撃はしません。アリにとってアブラムシは植物の一部分でそれが動いていても反応しませんがそれ以外には反応してしまうのです。アリは蜜源を防衛する性質があり、アリの攻撃行動は蜜源周辺だけで解発されます(秋元)。
●アブラムシの甘露(honey dew)の味を知りたいのですが、どうやったらなめてみることができますか?もしなめてみたことがあったらどんな味がしたか教えて下さい。
答(八尾):葉っぱの上にアブラムシを大量につけて、全体を袋がけすると少しずつ甘露が葉っぱの上にたまってきます。放っておくとカビが発生しますが、その前になめてみることはできると思います。なめたことはありませんが、おそらく甘いでしょう。甘露の大部分は糖でスクロース(サッカロース)を含んでいます。スクロースはまさに私たちが普段食べている砂糖ですからね。
●アリを寄せつけない甘露を出すアブラムシは、捕食者に襲われないように、何か他の防御策をとっているのですか?
答(八尾・秋元):地上性の動物の中でもアリは数が多く、また獰猛な生き物です。このアリを味方につければ最強のボディーガードとなるでしょう。しかしながらアリと共生しているアブラムシは実際には少数派です。アリをボディーガードとするには様々な制約があります。アリがいると子供の数が少なくなるだけでなく、実際にはアリに搾取されます(搾取も共生の一形態)。多くのアブラムシはアリに頼らない対捕食者戦略を持っています。密閉型のゴールを作り、そこに隠れたり、捕食者に襲われたときに警報フェロモンを出し、仲間のアブラムシに知らせる戦略もあります。アリや捕食者に気付かれないように植物と同じ匂いを出してカムフラージュしているという考えもあります。興味深いのは兵隊を作るアブラムシで、捕食者を撃退する不妊の兵隊階級(1齢幼虫)を生み出します。
●アリマキは農作物の代表的な害虫だと思いますが、アリに護られているだけであんなに大量発生するのですか?
答:農作物の害虫になっているアブラムシはほとんどアリから護られません。アブラムシが大発生するのは、同一種類の作物を大面積で栽培するからで、アブラムシの増殖に天敵類がついていけないためです。農薬を撒くと、アブラムシよりも天敵をより多く殺してしまうことがあり(リサージェンス)、これも大発生の原因となります。
●アリを利用するために蜜を出す植物がいるということでしたが、この植物につくアブラムシが甘露を出すようになったらどうなるか疑問に思いました。先生はどう考えますか?
答:アリは、花外密腺が出す蜜の成分とアブラムシの甘露の成分を比較し、自分にとってより有益な方を選ぶでしょう。つまり、植物とアブラムシはボディーガードであるアリをめぐって競合していることになります。アブラムシは花外密腺の蜜を上回る質と量の甘露を出さないとアリに来てもらえず、捕食者に絶滅させられてしまう可能性があります。一方植物にとっては、アブラムシが寄生すると花外密腺と同じような効果が得られ、アブラムシにアリが来ることで、自らを護ってもらえる効果が得られるはずです。植物にアブラムシが寄生することは植物にはマイナスですが、アリが訪問することでプラスの効果もあり、全体的な損得を知るには精密な実験が必要です。
●最後にカラスノエンドウがアリを呼ぶために蜜を出す写真を見せてもらいましたが、カラスノエンドウにはアリマキはつかないのですか?仮につくなら、アリは植物とアリマキのどちらを選択するのでしょう?アリマキをとれば植物は損をしますし、逆では、アリマキが損をしますよね?
答(八尾):これはとても複雑な問題です。カラスノエンドウには数種類のアブラムシがつきますが、特にクロマメアブラムシという種にアリがよく来ています。この場合、アリは植物よりアブラムシを選択していることになり植物にとっては蜜腺を作り蜜を出している分だけ損をしているかもしれません。しかし植物が分布しているところに必ずしもアブラムシがいるとは限らないので自力でアリを呼ぶ手段が必要なのだと考えられます。またアリがアリマキより植物を選ぶときはそのアリマキの甘露がおいしくないか、量が少ないからと考えれます。
●アリが植物やアブラムシの蜜を吸ったとき、すべてを単体で消費してしまうとは思えないのですが、巣に持ち帰ったところで液体状のものだと貯蔵が難しいのではと思います。体をパンパンにふくらませて蜜をためてるアリがいるのをテレビで見たことがあるのですが、すべての種のアリがそのようなことをしているわけではないと思うのですが、どうなのでしょうか。
答:アリが植物やアブラムシの蜜を吸った時には、腹にためて巣まで持ち帰り、大部分を幼虫に与えます。もちろん一部は自分でも消費します。温帯域では活動期間中はだいたいいつも幼虫がいますので、貯蔵の必要はありません。すべての蜜とタンパクを幼虫に与えてしまいます。オーストラリアのミツツボアリで、アリ自身が蜜を貯蔵するのは、季節性によって蜜源が消えてしまう時期があるためではないかと思います。
●花外蜜腺は他にどのような所についているのか?
答:葉の基部や葉の縁だけでなく、植物体のさまざまな場所に分布しています。もちろん、植物の種によって形成される場所は異なります。
●アブラムシは作物にとって害虫であることが多いが、何か作物にとって役に立つアブラムシはいないのですか?
答:作物に限定すれば、アブラムシが作物の役に立っているとは考えられません。仮にアブラムシが作物にプラスの働きをしても、作物は売り物にならないためにアブラムシを防除せざるを得ません。しかし、野生植物では、アブラムシの寄生によってアリが集まり、このアリがついでに植物の植食者(ハムシなど)を追い払ってくれれば、植物にとってプラスの効果があると考えられます。アブラムシが出す甘露が地面に落ちて、土壌細菌類によい影響を与え、それがさらに植物にプラスに働くという可能性も考えられます。
●3種の種間相互作用がおもしろかった。その中で蜜を出すことでSOSするパターンが多かったのですが、その蜜は他の昆虫を呼び寄せることはないのですか?特定の虫だけがわかるものになっているんですか?
答:甘い樹液を舐めにきている昆虫が沢山いるのでアリ以外の昆虫もこの蜜腺に呼び寄せられている可能性はあります。ただし、アリが一度よい蜜源を発見すると、継続的に訪問するので、以降はアリが主要な訪問者となります。
●リママメ←ハダニ←チリカブリダニの関係で、リママメがチリカブリダニを呼ぶために出した物質にはチリカブリダニだけを呼ぶ、アリの誘導フェロモンみたいなものなのでしょうか。とにかく他の虫を呼びまくるような物質だったら、ヘタしたら他の植食者まで呼んでしまいますよね。それはマズい。
答:チリカブリダニだけを呼ぶという特徴があります。それ以外の昆虫を呼ぶような物質は出さないように選択されてきたのでしょう。
●イヌガラシは名前からカプサイシン的な、なにかと辛そうな刺激物を持っていそうですが、それで幼虫を追い払ったりできないのですか?クマも嫌がるカプサイシンが幼虫に効かないなんて、そんな。
答:もちろん昆虫を撃退するための2次代謝物質を持っています。カプサイシンはトウガラシの辛みの主成分ですが、アブラナ科植物の葉には、カラシ油配糖体という有名な対昆虫防御物質が含まれます。しかし、アブラナ科に特殊化した植食性昆虫は、平気でイヌガラシを食べます。このため、アリを呼んで物理的に植食性昆虫を排除するような戦略が生じたのでしょう。
●イヌガラシはどうやって受粉しているのですか?
答:調べてみたところ、イヌガラシの花には訪花性昆虫もある程度やってくるようです。イヌガラシは背丈が低いので、同時にアリの訪問も受けると言うことなのでしょう。
●リママメは、人が傷つけてもSOS物質は出さずに、ハダニに食われたときだけSOS物質を出すということですが、どのようにして区別しているのかわかっているのですか?
●リママメは、どの器官でSOS物質をつくり、どこからSOS物質を出すのですか。
答:よくわかっていないと思います。SOS物質(β-オシメン、ジメチルノナトリエン)は、ナミハダニが摂食した刺激によって発生します。人が傷つけてもその物質が生産されないばかりではなく、その誘引物質はリンゴハダニに加害された場合にも発生しないことが明らかになっています。ということは、ナミハダニが摂食する時に、植物体に送り込む独特の唾液成分に反応して、植物はSOS物質を生産していることになります。唾液中のどの物質が、SOS物質の生産に関与するかはわかっていません。また、ナミハダニはSOS物質を感知すると、その加害葉から逃げ出すことがわかっています。リママメがSOS物質を出すのは「葉」ですが、合成経路についてはまだ報告がありません。
●アブラムシとアリの例の話はおもしろかったです。他には何か、昆虫同士の関係でトリビアなことありますか?
答:意外な話しと言うことですか?昆虫同士の関係は、昔からよく知られてきたので、それほど意外な話しはないかもしれません(一部のアブラムシが捕食者に対する防衛のために兵隊階級を生み出す話しは知っているだろうか?兵隊は死を賭して天敵と戦う。30年ほど前、北大農学部にいた大学院生が発見し世界的に有名になった。発見者は現、立正大学教授の青木重幸さんー私の師匠ーです)。最近は、昆虫と植物間あるいは昆虫と寄生者間で極めて面白い関係が成立していることが次々と明らかになっています(後で紹介します)。
●なぜ、植食性昆虫は広食性のものが少ないのか?狭食性になればなるほど植食性昆虫にとって生存していくための環境が厳しくなっていくと思うのだが。
答(TA):植物は分類群ごとに様々な二次的代謝産物を有していますが、これは植食者に対する忌避・有毒物質として進化したという説があります。植食性の昆虫は、それぞれある種の物質に対してそれを克服する適応をしてきましたが、多くの種類の物質には対応していないために利用できる植物種が限られてしまいます。しかしその植物を利用できる植食者も少ないために、競争が緩和される利点もあって狭食性が維持されています。
【その他】
●近親交配を続けると有害遺伝子も無くなると言っていたが、淘汰されて抵抗力のある個体が残るから適応度が上がるわけではないのですか?
答:有害な遺伝子を持った個体が死ぬと言うことと、君が考えている「淘汰されて抵抗力のある個体が残る」ということと全く同義だと思いますが。死んでいくのは、有害遺伝子を持った個体ですから、残ったものは有害遺伝子の影響を偶然免れた個体です。
●近親交配が定着した種では遺伝分散が外交配を行う種より小さくなると思うのですが、それ以上の種分化が起こりづらくなるようなことはあるのでしょうか。
答:近親交配を続けていくと、ある家系からなる集団の中からは遺伝分散が減少していきます。ですから、環境の変化に対応する進化のスピードは次第に遅くなっていきます。ところが、家系間(集団間)では分散が大きくなっていきます。したがって、近親交配が続くと、異なる集団の間の差が次第に大きくなり、集団間では別の種にまで変化してしまうこともあります。
●種分化の起こるスピードは何によって決まるのでしょうか。
答:集団内に含まれる遺伝分散の量と自然選択の強さに依存します。現在は気候条件の安定期なので、頻繁に種分化が起こっているわけではありません。氷河期や間氷期の訪れのような時期には、環境変動とともに強い自然選択がかかり、種分化が高い頻度で生じたようです。
●最近(2-3週間前)までユキムシを大量に見かけていましたが、他の生物と比較してユキムシの繁殖数はやはり多いのですか?また、雪の降る直前に見かけて、雪がいざ降ると姿を消す・・感じがするのですが、1年間の彼らの生活行動はどのようなものなのですか?(例えば、いつ産卵して、いつ冬眠して、寿命はどのくらいで・・・etc)
答:前にも述べましたが、ユキムシは年に5-6世代を送る昆虫です。幼虫から成虫まで3週間ほどですが、この世代が単為生殖によって何度も繰り返されます。春から秋まで卵は生まれず胎生です。10月中旬ー下旬に1度だけ卵が生まれ、ヤチダモの木で越冬します。ユキムシは春から秋までおりますが、寄主植物を変えるので目につかないだけです。ユキムシを含むアブラムシ科の生活史については、生物を知らない人には簡単には説明できません:次のような概念を知る必要がありますー単為生殖、胎生、寄主転換、季節多型
●昆虫の筋肉のシステム(収縮等)や構造は他の動物と同じようなものなんですか?
答(TA):筋肉の基本的な構造(Z膜、アクチンとミオシン)やATPのエネルギーを用いて収縮する機能は、昆虫と脊椎動物で共通しています。ただ、昆虫では一本の筋肉が1-20の筋繊維から成っている(脊椎動物は数千本と格段に多い)こと、昆虫の飛翔筋などでは1本の神経が複数の筋肉を支配しており一回の刺激が複数の収縮を起こすこと、などの違いがあります。
●鳥類が昆虫を食べるのはなぜですか。キチン質ばかりであまりおいしくなく、栄養もなさそうなので、植物の実を狙う方が得だと思うのですが。
答(TA):昆虫は脂肪、タンパク質に富み栄養価が高いので、食物としては優秀です。それに植物の実は食べられるシーズンが限られてしまいますが、昆虫はいつでもいます。鳥類は1年中活動しているので、冬にも入手できる昆虫は食物として重要です。
●気温が高い地域に行くと、どうも虫が大きい気がします。動物の大きさはほとんど変わらないのに、なぜ昆虫は大きくなるのですか?
答(TA):昆虫は血管系でなく気管系で呼吸をしていますが、体サイズが大きくなると空気が体内に行き届かなくなります。しかし気温が高いと空気の分子運動が盛んになって空気が体内に入りやすくなるため、熱帯などでは大きい昆虫がいるのだという説があります。動物(恒温動物)でも逆の現象ですが、種内や近縁種間で寒い地方ほど体サイズが大きくなるという「ベルクマンの法則」が知られています。体の熱生産量は体積に比例し、熱の放散量は体表面に比例します。そのため大きい体の方が、体積あたりの体表面積(熱の生産量に対する放散量)の大きさが小さくなって、寒冷に耐えられるからだと言われています。クマ類(マレーグマークロクマーヒグマーホッキョクグマ)やニホンジカ(ヤクシカーキュウシュウジカーホンシュウジカーエゾシカ)の例が有名です。
●幼生の時は水中で生活し、大人になると陸上で生活するような両生類のようなものはいますが、逆に、小さい頃は陸生で大きくなると水中で生活するものはいますか?
答(TA):幼虫から成虫まで水域で生活する水生甲虫類(ゲンゴロウなど)、水生カメムシ類(タガメ、タイコウチなど)や、産卵のために成虫が水に入るもの(トビケラやミズバチの成虫など)はいますが、成虫期だけを完全に水中で生活するものはいないと思います。大ざっぱに分けるなら、幼虫期の役割はよく成長して繁殖のための資源を蓄えること、成虫期は交配・産卵を行うことです。もともと陸生の昆虫のなかで幼虫期を水中で過ごすものが出てきたのは、水中の食物資源やなるべく捕食圧の少ない生息空間を求めてのことだったと思います。幼虫は陸生のものが、体制を変化させる(水中で呼吸したり活動したりするために)ことまでして、成虫のときだけ水中で生活するのは割にあわないのかもしれません。
●ガガンボはカの大きいやつなのですか?血を吸うって言ってる人がいたので、疑問です。
答(TA):ガガンボはカと同じ双翅目ですが、別のグループです(あのカの大きいような形の仲間は、ガガンボ科、ガガンボダマシ科、コシボソガガンボ科、ニセヒメガガンボ科。血を吸うカはずばり、カ科です)。ガガンボ類の成虫の口器は、カのような「刺し型」ではなく「なめ型」で、成虫の寿命は短くてあまりさかんに摂食しません。長い口吻を持ち花蜜をなめるものもいますが、血を吸うことはないです。ほわほわ飛ぶ平和的な虫で私は好きなので、つぶさないであげてください。
●実験でアザミウマの食害でたんですけど、どんなやつですか?
答(TA):アザミウマは世界で5000種(日本で200種以上)を含む目で、植食性、肉食性、菌食性のものがいます。植食性のものは植物の葉の上や花の中に生息して口吻を刺して汁を吸い、農作物の重要な害虫となる種もけっこういます。多くは1-2mmと小さく、翅が細長くて長毛がたくさんついているのが特徴です。アザミやタンポポなどの花をほぐしてみると中から小さく細長い虫が出ることがありますが、それがアザミウマです。