環境昆虫学概論  1回目         10月13月、2005   担当:秋元信一

講義予定
1回 10月13日 ガイダンス; 人との関わり、昆虫の多様性
2回 10月20日 昆虫の体制1; 系統進化、進化ー発生学
3回 10月27日 昆虫の体制2; scaling、前適応、翅の起源
4回 11月10日 生物多様性と生物間相互作用:植物と植食性昆虫
5回 11月17日 生物多様性と生物間相互作用:3者関係と共生関係
6回 11月24日 植食性昆虫; 寄主範囲、寄主選択および種分化
7回 12月1日 寄生から共生へ;弱毒化、共生への進化;細胞内共生生物
8回 12月8日 昆虫の生活史と進化;季節への適応
9回 12月15日 昆虫の行動と進化;フェロモン
10回 12月22日 昆虫の分布、気候変動と多様化
11回   1月12日 総合害虫管理
12回  1月19日 総合害虫管理と個体群生態学
13回  1月26日 総合害虫管理: 現在の問題点
 
* 成績はレポートと出席(質問票)によって決めます。試験は行いません

○ 昆虫に関する科学とは?

昆虫を材料に用いた科学分野は数多い
・Drosophilaを用いた集団遺伝学
・Drosophilaを用いた発生遺伝学 しかし、これらは一般に昆虫学とは呼ばれない
・カイコを用いた生理学・遺伝学       (*Drosophilaムショウジョウバエ)

残りの、「分類学・系統学・生態学・行動学」 ---- かつて博物学と呼ばれ、現在、自然史学
  こうしたものが、現在「基礎昆虫学」が扱う範囲と一般には見なされている。これに、害虫
  防除の方法を探る「応用昆虫学」を加えて広い意味での昆虫学(Entomology)

 1970年代から生態学、行動学は進化理論と結びついて定量科学へと脱皮した
 1990年代以降、分類学、系統学も情報理論とコンピューター科学を取り入れて新しい学問分野
 へと脱皮しつつある
   
この中でも「分類学」の位置は大きく変化した。昆虫は種数が膨大であり、現在でも未記載の種が続々と見つかっている状況にある。生物的防除にも分類学者の貢献は欠かせない。しかし、---

 分類学者の役割=生物を分類体系 (リンネ体系:Linnean hierarchy) の中に位置づける
      分類体系の改訂、新種の登録、同定、他の分野を支える
   Linnean hierarchy(リンネ体系)= 界、門、綱、目、科、族、属、種

分類学者は分類学の意義をうまく説明できなかった。分類学者の減少
標本の散逸、とりわけ模式標本の遺失が日本だけでなく欧米でも生じた
(日本では、とりわけ博物館が貧弱なので影響がきわめて大きい)
日本の昆虫の名前を決められる人がいなくなる事態に直面しつつある。絶滅危惧は分類学者!

しかし、事態は大きく変わった。1992年リオデジャネイロで開かれた国連会議。「生物の多様性に関する条約」が採択され、日本も批准。国内法として1992年に、
「絶滅の恐れのある野生動物植物の種の保存に関する法律」施行される ム「種の保存法」

多様性の把握と修復の必要性が広く認識され始めた
 どういう分野が生物多様性研究を担うのか?---分類学、系統学、生態学、行動学 = 自然史学

   現在、地味で目立たなかった自然史の分野が急に脚光を浴びつつある

そこで、この講義では次のような観点で授業を進めます。
1.Biodiversity(生物多様性) and  Entomology(昆虫学)
2.Evolutionary Biology (進化生物学)
3.害虫の総合的防除

昆虫は人の生活にどのような影響を与えてきたのか? 圧倒的に害虫として悪影響
ケース1 日本 イネの大害虫「トビイロウンカ」 日本の昆虫学の主要ターゲット
     水田に坪枯れを引き起こす。享保の大飢饉(1732)ム関東以西ムの主要因
     江戸時代 注油駆除法(鯨油)----300年間続く 
ケース2 フィロキセラ ブドウネアブラムシ 1850年代、北米からフランスに侵入
     ヨーロッパ産ブドウはフィロキセラに対して抵抗性を持たず、ブドウは全面的に枯死
     1864年フランスではブドウの収穫が皆無となる
     他のブドウ生産地の興隆、ワイン生産技術の伝搬
     最終的に、「接ぎ木法」によってフィロキセラの被害をコントロールしている。 
     現在でもフィロキセラの被害はオーストラリアでは大きい

○ 昆虫の多様性----なぜこれほど種が多いのか?
 (*ここで言う「種」とは、形態的基準に基づくもの。さまざまな種の定義があり、議論が行われている)

 既知の全生物 141.3万種  実際には1千万~1億存在するといわれている
昆虫 75.1万
その他全動物 28.1万
植物 24.8万
細菌 4千
ウイルス 1千

昆虫の半分は直接植物を利用----植食性
残りの半分は、植食性昆虫を捕食、寄生    昆虫は直接間接的に植物に依存している

可能性1 昆虫の起源がきわめて古い----これは否定できる
     昆虫の「姉妹群」は、「多足類」か、あるいは「甲殻類」といわれている。多足類
     (数万種)あるいは甲殻類(7-20万種)と比べても、昆虫の種数は多い
可能性2 昆虫は、近縁なグループと比べて、生きた植物を利用している。特殊化の結果、種数が 
     増加した

 生きた植物を利用するためには、植物の防御機構(化学物質、物理的防御)を突破する必要がある。逆に、植物は昆虫からの食害を防ぐためにさらに高度な防御機構を生み出す。このため、昆虫と植物の間に共進化(対抗的共進化:軍拡競争)が生じる、このため、
対抗的共進化 ---> 特殊化(specialization)が進む ---> 資源を細かく分け合う(nicheの増加)
                               ----> 種数の増大に結びつく
*niche=ニッチ、生態的地位 種固有の生息環境

植物が異なると、それを利用する昆虫の種類も異なる傾向が生じる

*昆虫の近縁グループ「多足類」、「甲殻類」は、落ち葉等の生物遺体を利用するものがほとんどで、 
 共進化は生じない。このようなグループでは、餌ごとに遺伝的分化が生じる機構が存在しない
*大型草食動物は、個々の植物種に適応することはなく、広く多くの植物を餌として利用する。
 こうしたグループも個々の植物種ごとに種が分化することがない。
*植物と昆虫が完全に1:1に対応すると言うことを意味するものではない。昆虫は現在主流の被子植物が出現する以前からさまざまなグループに分かれているので、グループごとに(甲虫なあるグループ、ガのあるグループ)植物への特殊化が生じているので、昆虫の種数の方が植物よりも多い。

○ 昆虫の体制の進化
昆虫はどのようにして現在の形態を持つに至ったのか? 系統学と発生遺伝学との関わり

昆虫----節足動物門、昆虫綱 に属する。

節足動物門とは?--- 蛛形綱、(クモ、ダニ、サソリ)、三葉虫類、甲殻類(エビ、カニ、ワラジムシ)、多足類(ムカデ、ヤスデ)、有爪類(カギムシ)、昆虫類(無翅昆虫、有翅昆虫)を含む
---- 体が節(segment)に分かれ、脚を持つ、脚も節に分かれている

節足動物に近縁な生物は、環形動物門(ミミズ、ゴカイ)--- 体が体節から成り立っている

系統関係は、分岐図によって表現できる(図 )

昆虫類の体制の特徴は --- 均一であった節から、不均一化の進化で特徴づけられる
           すなわち、昆虫が進化するにあたって節の退化・融合・増大が起こった

   例えば、昆虫の頭部は、祖先(カギムシ等)の前方5つの節が融合したもの
   昆虫の口器のひげ----祖先の脚と相同の形質(かつては脚だった)

突然変異を調べると、その遺伝子が正常な状態でどのような機能を持っていたかが推測できる

ショウジョウバエDrosophilaでは、数多くの突然変異を調べることによって、節(segment)間の不均一を生み出すメカニズムが明らかになっている

Drosophilaは、3対の染色体を持つ。Drosophila の第3染色体(最も短い染色体)には、次のような、体節の形状を決める遺伝子群が並んでいることが知られている

Ubx Abd-A Abd-B

Ubx bxd iab-2 iab-3 iab-4 iab-5 iab-6 iab-7 iab-8
--------+---------+----------+-----------+-----------+----------+------------+----------+---------+-  

これらは、まとめてBithorax-gene complexと呼ばれる

こうした遺伝子は他の遺伝子の発現の調節を行っている-----調節遺伝子

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