中国における古い栽培ビートの記録

細川(1980) 1によれば,李時珍の「本草綱目」に栽培ビートの記載があるという.本草綱目は明の時代に成立した書物(1578年に完成)だそうで,これはいまのところ日本最古とされる栽培ビートの記録(「本草和名」918年?)よりも新しい.日本の栽培ビートは(ほぼ間違いなくフダンソウが)中国から渡来したと考えられるから,中国にはもう少し古い記録が存在するはずであるが,どなたもそれについて書き記していない.そうこうしているうちに,ひょんなことから本草綱目が国立国会図書館でデジタルアーカイブ化され,インターネット上で読めることを知った.そこで,本草綱目の原文 2を確かめてみると,確かに「恭菜」(「恭」には草かんむりがつく)の項目がある.漢文なので著者は完全に解読することはできないが,薬効についての記述が多いようにみえる.「根」の文字はあるものの肥大しているかどうかまでは読み取れなかった.そうした記述の中で「弘景曰…」(弘景いわく,…)という一節が目についた.本草学の書物の引用に出現する弘景といえば,500年頃に「本草經集注」を著した陶弘景に思い当たった.陶弘景が本草經集注に栽培ビートのことを書き残していれば,中国におけるビートの記録を本草綱目から1000年さかのぼることができる.幸い,本草經集注を借りることができたので,栽培ビートが記載されているかどうか調べてみた.すると,「恭菜」(「恭」には草かんむりがつく)の項目が見つかった 3.そこには「甜」や「甘」という字もみえるので,栽培ビートのことで間違いないだろう.やはり薬効らしいことが書いてあるようにみえるのだが,残念ながら内容はわからない.もっと古い中国の農業書にも「恭菜」(「恭」には草かんむりがつく)が載っているのかもしれないが,いまのところ見つけることはできていない.

  • 1 細川定治(1980)甜菜,養賢堂,東京
  • 2 国立国会図書館,本草綱目,第18冊(第26-28巻),コマ番号51 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1287099?tocOpened=1
  • 3本草經集注,横田書店・前田書店,1972年,p. 126.
  •       

    2022年3月9日