卒業論文・修士論文の作製に当たっては以下の点に留意されたい.これは論文の作製および校閲を円滑に進めるためであるとともに,卒業論文・修士論文の作製が,欧文学術雑誌への投稿論文を作製する際の訓練となるように配慮したものである.全体の構成
製本する関係上,印字に際しては各ページの左マージンを 3.5 cm とすること.上下および右マージンについては 2 cm 程度とするのが適当である.論文の構成は次の通りとする.
表紙には次の項目を記す.
*論文題目について
論文題目は特に理由がなければ「…の研究」とするのがすっきりする.当研究室なら,「…に関する遺伝学的研究」,「…の分子遺伝学的研究」などという形になることが多いと思う.
「…の解析」と書いてくる人が多いが,「解析」は一連の数種の「実験」を単位とするものと思う.学会発表のタイトルなら,「…の解析」が適当かも知れない.次の例で,対象としている事象のサイズを考えて欲しい.
- 天気/天候(「今日の天気」,「明日の天気」/「このところ天候が不順で...」)
- 戦術/戦略(「戦術」は個々の戦闘にどう勝つか.「戦略」は1つ2つの戦闘には負けても,それによって敵の注意を別の方に向けておいてその隙に...)
- 方法/方策(「実験方法」/「研究方策」)
要約
1ページを超えないこと.DNA,mRNA,ATP,bp等の一般的な略語以外の略語は使用しない.ただし,要約の中で3回*以上使用する場合 には,初出時に定義した上で略語を用いることができる.「タバコモザイクウイルス(TMV)は...である.本研究ではTMVを用いて...を解析した.本研究により,...はTMVのコートタンパク質遺伝子に変異を持つことが明らかになった.」
要約は本文とは独立なものである.したがって,要約において定義した略語も本文(序論/緒論以降)で使用する場合には,改めて初出時に定義する.要約では文献の引用は出来るだけ避ける.引用する場合は,本文での引用形式とは異なり,「(Y. Sakata*, H. Fukushima, S. Furuya, Y. Habu, S. Naito and T. Ohno [1994] Biosci. Biotech. Biochem. 58: 2104-2106)」のように要約だけを見て文献をとってくることができるようにする(論文名は記載しない).
*多くの学術雑誌では5回以上とされている.本文で使用する略語についても同様である.
なお,修士論文においてはこれとは別に,発表会用の要旨(A4版1枚)を用意する(提出物等一欄).この要旨は専攻内の各講座に配布されるので,他講座の修士学生が読んでわかるように書くこと.
*引用文献の一覧をアルファベット順に記載する場合は,「Sakata, Y., Fukushima, H., ...」のように<姓,名のイニシャル.,>で記載するが,要約で引用する場合は<名のイニシャル.姓,>とする.
本論文で用いた略語一覧
本文で一般的でないと考えられる略語を用いた場合は,略語一覧を目次の次に付けること.ただし,3回以上使用しない場合は略語とせずに正式な名称を記すこと.
序論もしくは緒論
ここでは,この研究に至る経緯(背景)を解説し,研究目的を述べる.研究の背景は良く書けているが,研究目的については目的意識が読み取れないものが多い.研究目的は,あくまでも自身の研究としての目的意識が明らかになるように述べること.誰の研究か分からないような第3者的な記述をせぬこと.
「当研究室では...」の形はできるだけ避けること.いかにも主体性のない印象を与えることが多い.「これまでに...が行なわれている(引用文献もしくは xxx, 未発表).」のように表現を工夫する.
材料と方法
例年,多くの卒業論文・修士論文において,材料と方法(特に方法)を書くのにエネルギーを使い果たしてしまい,結果および考察が極めて物足りないものとなっている.基本的に実験に用いた全ての材料,および全ての方法を書こうとすれば書ききれないのは当然である.
方法については自分で考案した方法および研究室に新たに導入した方法についてのみ詳述すればよいこととする*.一般的に行なわれている方法については,「XXの方法に従った.」あるいは「添付の説明書に記載の方法に従った.」として構わない.また,ごく一般的な方法では「常法に従った.」で良い.一般的に行なわれている方法を一部改良あるいは変更した場合は,「XXの方法を一部変更して行った.」として,変更箇所のみを示せばよい.この場合は変更した理由を書くと良い.特に材料あるいは方法が重要な論文でなければ,材料と方法のページ数は論文全体の1/4程度までとする.
材料については正確な記載がなされていないものが見受けられる.用いた生物材料については全て引用文献を付けること.この研究で分離した突然変異株,作製したプラスミド等も全て材料と方法に記載する.この場合,材料名の後に「(本研究で分離)」あるいは「(本研究で作製)」のように記載する.既に論文発表されている場合は引用文献を付記する.なお,使用した生物材料については表を付けると分かりやすい場合が多い.
*学術雑誌への投稿論文においては報告した実験を再現するのに必要かつ十分な範囲とし,ごく一般的な方法は記さない.
なお,材料あるいは試薬の呼称が,材料と方法とそれ以降で統一されていること.
こなれていない日本語,ほとんど意味を読み取ることができない文章が多数見受けられる.十分吟味されたい.材料と方法では文章にしづらいことが多いと思う.そのような場合は手順を追って箇条書きにして構わない.少なくとも,「...遠心し, ...放置し, ...加え, ...遠心し, ...XXし, ...YYした.」という書き方は避けて頂きたい.
使用した試薬/装置のメーカー名を明示するか否かについては考える必要がある.基本的には,そのメーカーの試薬/装置であることが重要であって,他の製品を用いた場合は実験が再現できない可能性がある場合にのみ明示する.純度の低い試薬や酵素(例えば cellulase),試薬自体が混合物である場合(例えばポリエチレングリコール)および反応キットの類についてはメーカー名*を明示する.
「100%エタノール」という記述を見かけるが,そのような試薬は存在しない.多分,「70%エタノール」との対比において「100%エタノール」という言葉を用いているのであろうが,これは不適当である.第一に,入手可能なのは,95%や99.5%のものである.C2H5OH は H2O とどのような比率でも混ざり合い,蒸留しても95%のものしか得られない(cf. 共沸点).顕微鏡観察用の試料を作製する時にエタノールで脱水を行うことがある.その場合は,エタノールを無水硫酸銅の粉末を入れた試薬瓶に入れ,予めエタノール自身の脱水を行う.この場合も「100%」とは言わずにabsolute ethanol(無水エタノール)と言う.
*学術雑誌への投稿論文においては「(メーカー名,装置の場合は型式,メーカー所在地)」を示すことが要求される.ただし,米国の雑誌では米国の有名メーカーについては所在地を示さない,といった例外はある.
それでは「... 3倍容の99.5%エタノールを加え ... 得られた沈澱を70%エタノールで...」とするのが良いのだろうか? 答えは否である.「99.5%エタノール」と書くのであれば,「1 N NaOHは97%水酸化ナトリウム* xx gを...」等々としなければならない.「99.5%のエタノール」でなくては実験が再現できない場合にのみ「99.5%のエタノール」と明記するのであって,少なくともエタノール沈澱に関しては「... 3倍容のエタノールを加え ... 得られた沈澱を70%エタノールで...」とするのが適当である 生化学の論文では材料と方法のどこかに「試薬は特に断らない限り特級のものを用いた.」等と記述する.気になるのであれば,「エタノール沈澱には99.5%エタノールを用いた.」等と記述されたい.ただし,エタノール沈殿については「常法に従った.」でよい.
*和光純薬の試薬特級のNaOHは純度97%である.
結果
結果では実験事実を客観的に示すのが主目的であるが,研究の流れ(著者の考え方)が分かるようにすることも必要である.即ち,
(1) 前項までの結果で分かったことから生じた疑問あるいは解決すべき問題の提示,
(2) それを解決するための方策および 実験計画の説明,
(3) 実験結果(図表)の客観的説明,
(4) 実験結果の解釈,
(5) 実験結果から導き出される客観的事実,
を記述する.論文全体は,序論→材料と方法→結果→考察と書き進めるわけであるが,個々の実験についても良く似た構成で記述することになる.ただし,これは例えば (2) で材料と方法から一部をコピーしてくることを意味するものではない.また,一つの実験データから複数のことを言いたい場合には,(1), (2), (3), (4), (3), (4), (5), (2), (3), (4), (5) のようになることもある.この場合は,段落分けを工夫する必要がある.
実験結果(図表)の客観的説明では“図を見れば分かるだろう”と言うような突き放した書き方はせずに,実験結果の解釈に必要な部分は一つ一つ言葉で説明する.また,実験結果の統計処理ができる場合には,図表に示した違いが統計的に有意であるか否かを明記する*.
なお,(1)の代りに,(6) この結果で分かったことから生じた疑問あるいは解決すべき問題の提示,として次の実験につないでも良い.
*学術雑誌においては統計的に有意な差がない結果は議論の対象とできないばかりか,データの削除を指示されることが多い.卒業論文・修士論文においては統計的に有意な差がない結果もそれなりに議論の対象として構わない.
考察
考察では自分の実験結果から言えることを抽出し,他の研究結果と総合して論じるのであるから,大いに考えを膨らませていただきたい.単なる実験結果のまとめではないことに留意されたい.卒業論文と修士論文においては,その論述に矛盾がなければ自分の考えたことを全て書いて構わない.論述内容が私の意見と異なっていても構わない*.なお,修士論文においては,必ず自分の考えを提唱すること.また,提唱した自分の考えを示すのになんらかの解説図を付けることを奨励する.
自分の実験結果に言及する場合は図表の引用を付ける.当然のことながら,他の研究結果に言及する場合はその文献の引用を付ける.
*博士論文においては,その論述に矛盾がないことは勿論のこと,その主張が公表されて批判されても反論できるものであること.また,論述内容についても,既に発表した論文および今後の研究の流れとの整合性を考える必要がある.
文献の引用と引用文献
本文での文献の引用方法は,文献番号による場合*と,"(Naito et al., 19xx)" の形式とどちらでも構わない.ただし,"(Naito et al., 19xx)" の形式の方が論文の推敲過程で引用文献の追加・削除を行うのが容易である.したがって,"(Naito et al., 19xx)" の形式を勧める.なお,"et al." は ラテン語の"et alii" の略で, "and others" の意味である.これは著者が3名以上の場合にsecond author以下を略すのに用いる.
例;
*学術雑誌で文献番号による引用を行うものが多いのは,ページ数を減らすためである.
「全RNAの抽出は既報の方法に従った (Naito et al., 1988).」,
「...が報告されている (Holwach et al., 1981, 1986; Gayler and Sykes, 1985; Bray and Beachy, 1985)*.」,
「タンパク質の定量はBradford (1976) の方法に従った.」,
「Hirai et al. (1993) は...を報告した.」
引用文献のリストの書き方は学術雑誌により千差万別である.一貫していればどの形式でも構わない.ただし,文献番号による引用の場合は,引用順に番号を付けること.また,"(Naito et al., 19xx)" の形式を用いた場合はfirst authorのアルファベット順に記載し,first authorが同じ文献は発表年の順に記載すること.本文での引用が同一となってしまう場合は,発表年の後に(原則として発表順に)a, b, cと付して区別する.なお,論文の題名を記載すること.また,引用文献のリスト作製にはかなりの時間を要するので注意されたい.例;
* 列記する場合は ";" で区切り,発表年順(発表年が同じ場合はfirst authorのアルファベット順)に並べる.ただし,引用したときに同じauthor(s)で発表年が異なる場合は "," で区切って発表年を列記する(たまたま同姓・同イニシャルだった場合はこの限りではない).
Bradford, M. M. (1976) A rapid and sensitive method for quantitation of mirogram quantities of protein utilizing the principle of protein-dye binding. Anal. Biochem. 72: 248-254.
Bray, E. A. and Beachy, R. N. (1985) Regulation by ABA of β-conglycinin expression in cultured developing soybean cotyledons. Plant Physiol. 79: 746-750.
Hirai, M. Y., Fujiwara, T., Komeda, Y., Chino, M. and Naito, S. (1993) Temporal and nutritional regulation of soybean 7S seed storage protein gene promoters in transgenic petunia. In: Plant Nutrition, Edited by Barrow, N. J. pp. 143-146. Kluwer Academic Publishers, Dordrecht. …単行本の場合
板橋 直.(1990) XXXXの研究.卒業論文,北海道大学農学部.
梅本勝広.(1993) XXXXの研究.修士論文,北海道大学農学研究科.
坂田洋一.(1995) XXXXの研究.学位論文,北海道大学農学研究科.
内藤 哲,藤原徹.(1992) 種子貯蔵タンパク質遺伝子の発現制御.蛋白質核酸酵素 37: 1334-1341.
原山重明,内藤 哲.(1986) 組換えDNAによる細菌遺伝学の進展.組換えDNA,飯野徹雄編著, pp. 182-193, 裳華房.
図表について
図は本文とは独立に理解できるものであることが基本である.どういう実験を行った(ただし材料と方法からコピーすることを意味するものではない)結果をどのように表現したのかが分かるような説明を付ける.サザンハイブリダイゼーションであれば「EcoRIで切断したXX変異株のゲノムDNA YY μgを用い,32Pで標識したZZ DNAをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った.」 結果の解釈は記載しない(結果に記載する).図中の記号や文字は全て説明する.
表についても同様である.
用語について
使用する用語は十分注意して正確を期してほしい.
「花びら」は口語である.
「野生株」は野外でもっとも一般的に見られる正常型を意味する.実験室系統の正常型は「野生型株」というべきである.(「野性型株」とせぬように注意)
"protein" の訳語は「タンパク質」が一般的である.ただし,"protein chemistry" は「タンパク化学」とされることが多い.少なくとも「XXタンパク質」と「XXタンパク」を混用することは避けてほしい.なお,近年の国語の自由化に伴い,「蛋白質」も構わないようである.
"recombinant" の訳語は「組換え体」が一般的である.「組み換え体」でも構わない.なお,文部省は「組替え体」の語は用いていない.
その他の記述について
現代国語では「又は」,「及び」,「従って」等の接続詞は いずれもひらかなとする.
「これらはA,B,C等である.」は違和感がないが,「これらはA,B,Cである.」は違和感がある.後者は「これらはA,BおよびCである.」とするべきである.
接続助詞の「て」を入れると読みやすくなる文章が多い.吟味されたい.例;「ウイルスが宿主に感染し全身に広がる過程は...」→「ウイルスが宿主に感染して全身に広がる過程は...」.(前者で,「し」の後に読点「,」を入れれば問題ないが,このような点が問題となる文では,既に「て」でつないだ節がいくつもあることが多く,読点だらけになってしまう.)
英字で表記する場合,数字と単位の間は1字スペースを入れる.ただし,その単位が "%", "℃" および 遠心加速度を示す "xg" の場合はスペースを入れない.例;「0.15 mM」, 「0.1 mg/ml」, 「15 min」, 「52 kD」, 「250 bp」, 「10% (w/v) BSA」, 「24℃」, 「1,000xg」.
なお,literについては,"l"を単位記号として用いると数字との区別が困難であるので,"L"を用いても構わない.ただし,この場合は略語一覧の末尾に,「なお,literについては,単位の記号として"L"を使用した.」のように記載すること.なお,多くのワードプロセッサにおいてliterの単位記号が用意されているのでそれを利用するのも良い.
英字で表記する場合,",",".",":",";" と ")" の後,および "(" の前にはスペースを入れる.ただし,".," では "." と "," の間にはスペースを入れない.")." と ")," も同様.
「Xヶ所」,「X本のバンド」のようなときのXはアラビア数字を用いること.「二本」ならよいが,「三百二十一本」と書く気はしないであろう.
1,000 以上の数字には3桁ごとに "," を入れること.ただし,そのようにしていない欧文誌もある.
1,000 を表す接頭語の "k" は小文字*である.大文字で書かないように注意のこと.ただし,タンパク質の分子量をそのまま呼び名に使っている場合は慣用例に従う.たとえば,「130Kタンパク質の分子量は132.5 kDaである」.
"ー","―","‐","~" 等の使い分けについて考えておくことを勧める.例えば,「β-グルクロニダーゼ」と「βーグルクロニダーゼ」,「β―グルクロニダーゼ」 あるいは,「2-4日後」,「2-4日後」,「2ー4日後」,「2~4日後」のどの書き方が読みやすいか?
* コンピュータ関係では「256 KB」のように「キロ」を大文字の"K"で書くことがあるが,これは1,000ではなくて1,024 (= 210)を表す.
"." と "。" および "," と "、" については,英字と混用する場合,"." と "," は英字の ".", "," と混用しても違和感がないが,"。" と "、" ではちぐはぐな感じを受ける."." と "。" および "," と "、" の変換はほとんどのワードプロセッサで行うことが出来る.( ATOK8の場合は「鉛筆メニュー」の「環境設定...」で行う)
インデント(段下げ)とタブについて:この2つをマスターすること.特に,ワードプロセッサのインデント機能を利用せずにスペースを挿入することで何行にもわたって段下げを行ってしまうと,論文の推敲過程で文字の挿入・削除があった場合に極めて面倒である.
表の作成では右あわせ,左あわせ,中央あわせおよび小数点あわせのタブを使用すること.