環境昆虫学概論 13回目(最終回) 1月26日、2006
○ 昆虫の生活史 ---- 変動する環境への適応
1)生息環境の悪化への適応
移動・分散 (migration, dispersal) 移動は目的地がある場合に用いる
移動の例 ・アブラムシ 季節によって寄主植物を変える(木本 → 草本)
・アカネ類 (水田 → 山地)
・オオカバマダラ 北米五大湖周辺からメキシコへ越冬のために大移動
分散の例 ・大害虫 トビイロウンカ 中国南部・インドシナから日本列島へ
・北海道には本州から多くの昆虫が夏に飛来(アブラムシ類、
コナガ、アワヨトウ) → 越冬できずに淘汰される
移動・分散専門の個体が出現することがある → 翅型多型
・トビバッタ類の相変異 --- 群生相(移住型)・孤独相(定住型)の切り替え
何世代かの高密度 → ホルモンの変化 → 形態変化
・アブラムシ 有翅型・無翅型
・ウンカ・カメムシ類 長翅型・短翅型
卵巣形成・飛翔シンドローム
移動型は翅が長く、卵巣成熟が抑制される。移住後、飛翔筋が溶かされて卵巣成熟
移動型は、幼若ホルモン(JH)レベルが高い。定住型は増殖率が高い
有翅型・長翅型を出しやすい種 → 不安定な環境
短翅型・無翅型を出しやすい種 → 安定した環境
翅型多型と trade-off
移動性ー増殖の間には負の関係がある → トレードオフ(trade-off)
エネルギーの最適配分
2) 生物の示す形質の分散
・ 一山型のばらつき (unimodal) 体サイズ など -- 正規分布に近いことが多い
・ 二山形のばらつき (bimodal) 翅型多型 など
形質値 = 遺伝値 + 環境効果
生物の示すばらつきは遺伝子の効果と環境の効果の合計で決まる。しかし、生物によって環境の影響が強い場合と遺伝子の影響が強い場合がある
・環境が優先する場合 バッタの翅多型、アブラムシの翅多型、クワガタオスの大アゴサイズの変異
季節多型(春型・秋型の違い)、社会性昆虫のカースト(queen, worker)、植物の変異
・遺伝が優先する場合 ナミテントウムシの斑紋多型、オオシモフリエダシャクの色彩多型
親の形質の特徴がどれくらい子どもに伝わるか?ムム遺伝率
遺伝率 = 相加遺伝分散 / 全分散
2)季節適応
変動する環境への適応
予測可能な変化-----季節的変化
予測不可能な変化---ノイズ
化性---- 1化、多化
発育限界温度(発育ゼロ点)
(T-a)*D ≒ 一定(有効積算温度)ここで、T 温度、a 発育ゼロ点、 D 発育日数
・休眠 能動的な生理状態の変化ーホルモンの制御、発育生殖の停止、代謝の低下
休眠の消去 ---- 一定期間の低温
休眠の深さ---休眠がとけるのに必要とされる低温処理期間、地理的変異が見られる
休眠の種類 ----- 幼虫休眠、卵休眠、サナギ休眠、成虫休眠
耐寒性(凍らない仕組み、過冷却)と耐凍性(凍っても損傷を受けない仕組み)
日長の影響---温度よりも正確な手がかり
光周期--一年を通じての昼の長さの周期的変化
臨界日長 ---- 休眠・非休眠の切り換え点の日長 遺伝的にプログラムされる
長日型、短日型 および 感受期
臨界日長の地理的変異 南北間の移動の問題点
長期休眠ムム北米の13年ゼミ、17年ゼミ
質問とその答 (1月19日, 2006)
●長距離を飛んで移動する昆虫は、自分の力だけでなく季節風などにも頼っているのでしょうか?また、翅をもたないのに長距離を飛んで移動することのできる昆虫はいますか?
答:長距離移動の方法には2つのタイプがあります。自力で能動的に移動するアサギマダラやオオカバマダラなどのチョウのグループと、低気圧からの風に押し流されて受動的に移動する小型昆虫類(アブラムシやウンカ)です。翅を持たない種類は、稀に風に巻き上げられることはありますが、長距離を移動することはありません。
●北海道の害虫は越冬できないそうですが、温暖化の影響や寒さ耐性をもつようになったりして、死滅しなくなることも十分にあり得るのですか。
答:北海道に飛来する害虫の多くは暖温帯性ですから、寒さに対して耐性を持つことはありません。北海道では積雪によって植物の地上部は枯れてしまったり、埋もれてしまいますから、成虫や幼虫での越冬は出来ません。卵で越冬するタイプは北海道でも越冬可能ですが、害虫化するアブラムシではそうしたタイプは少ないのです。将来、温暖化の影響で、北海道でも積雪が減れば、越冬できる害虫が出現する可能性があります。
●有機農作物に生じるカビ毒の対策はまだやられていないのか?やられているならそれによる悪影響はないのか?
答:殺菌剤を撒くことがカビ毒対策となっています。有機栽培では殺菌剤を散布することができないので、影響が大きくなります。
●殺菌剤の不使用により生じるカビ毒というのはどのような物があるのか教えて下さい。
答:前回述べたように、小麦、ライ麦の種子に寄生するカビが作り出すカビ毒などは身近なものだと思います。
●ピーナッツのカビはどれくらい強い発ガン性をもつのですか?
答:極めて強力な発ガン物質で、日本でのアフラトキシンの食品の規制値は10 ppbです。ppbは10億分の1の存在比を表す単位で、具体的にイメージできる量に表現すると10
ppbは100トンのピーナッツに1gのアフラトキシンが含まれているという低濃度です。ラットでは、15 ppbのアフラトキシンを与えていると100%肝臓ガンが出来るという実験結果があります。
●日本では有機農作物に期待されてますが、外国では有機農作物はどのように評価されているのでしょうか?
答:外国でも事情は全く同じです。欧米でも有機栽培は増える傾向にあります。有機農産物の値段は多少高くても有機農産物を選択する消費者が増えています。
●発ガン性の有無はどうやって調べられていますか?ある物質について調べるのにかかる時間はどれくらいですか。
答:エームズテストという方法が用いられます。これは簡単に言うと、ある化学物質がサルモネラ菌にどのくらいの割合で突然変異を引き起こすかを調べる方法で、数日で結果が出ます。発ガン物質は結局、突然変異を誘発する物質です。体細胞に起きた突然変異のかなりの割合がガンとなるわけです。エームズテストに用いるサルモネラ菌はヒスチジンを作り出せない変異株で、この株はヒスチジンが存在しない培地上では生存できません。もし、この株をヒスチジンが存在しない培地上にまいた場合にコロニーが形成されれば、復帰突然変異が起こった(ヒスチジンを再び合成できるようになった)と判断するわけです。1億個のサルモネラ菌をシャーレ中の培地に撒き、そこにいくつのコロニーが出来たかで突然変異率が推定できます。
●RR作物の利点に、耕起の回数を減らすことで保全型農業が可能となる、欠点では除草剤への依存で多様性を失わせると書いてありますが、総合するとどちらのほうが起こりうるんですか?
答:総合してメリットが多いかデメリットが多いかは、まだ判断できないのではないでしょうか。短期的に見れば、RR作物の栽培は世界中で増加してきていますからメリットが大きいと判断されているのだと思います。しかし、単一の品種の作物を世界中で栽培してしまうことのデメリット(耐性を持った雑草の出現等)は今後明らかになってくる可能性があります。
●耕起をするとなぜ生態系を壊してしまうのですか?植物の生態系が壊れるということですか?
答:土壌中にいる害虫寄生性の線虫やムカデ、ゴミムシのような捕食性昆虫類、菌類から成り立つ生態系が破壊されます。さらには畑地に営巣するトリも大きな影響を受けるでしょう。
●Btコーン非抵抗性優性遺伝子を残せば抵抗性の出現が低いレベルに抑えることができるという話ですが、やはり徐々にAは減っていき抵抗性の割合は増えていくと思うのですが。
答:Btコーンと同時に植える非Btコーン(普通のコーン)では、感受性タイプのアワノメイガの方が抵抗性アワノメイガよりも生存率、増殖率が高くなるのが一般的です。このため優性の感受性タイプは一定のレベルで保たれると考えられています。
●Btコーンとnon-Btコーンの混植により、Bt作物に対する抵抗性を持つ個体の出現は低いレベルに抑えられるとあったが、non-Btコーンでアワノメイガが大発生して個体数が増えることで抵抗性を持つ個体が出現する確率が増えるようなことはないのか?
答:non-Btコーンでアワノメイガが大発生した場合、新たなタイプの抵抗性を示す突然変異個体が出現することはあるかもしれません。たとえば、優性のBtコーン抵抗性突然変異が生じれば、non-Btコーンを植えておく意味はなくなり、抵抗性アワノメイガは大発生するでしょう。幸いなことに、そのような突然変異は生じていません。
●作用機構が異なる農薬を併用して使わなくてもよいようにBt作物を改良する方法などはないのですか?
答:Bt作物と同時に(GMではない)害虫抵抗性の品種を植える(混植する)というのは有望な方法です。また、将来、Btとは異なる作用機構を持つ遺伝子を作物に組み込むことが出来れば、そうした品種とBt品種との混植も効果があると思います。
●昆虫以外に消化器官がアルカリ性になっているものはいますか?
答:昆虫以外の節足動物でもその可能性があります。実際に調べられてはいないと思います。
●オオカバマダラ幼虫は、Btコーンの花粉が付着したトウワタの葉を忌避するようなことはないのですか。
答:忌避はしないと思います。花粉量というのはたいへんわずかなものですし、味覚として感知し、忌避するものではないと思います。Btタンパクの味覚を感知し、忌避するのであれば、Bt剤も使えないことになりますが、そのようなことはありません。
●「ない」ことを証明するのはとても難しいことだと思いますが、オオカバマダラに対するBtコーンの影響はどれくらいあるのでしょうか。それとも、全くないのでしょうか。幼虫とかに摂食させると生存率が下がるとか、実際の花粉濃度では影響ないとか。どっちが正しいのでしょうね。
答:まだ結論は出ていないのでしょう。コーン畑やその周辺地域でトウワタの葉に降り積もる花粉量をどのように推定するか、あるいは花粉単位重量あたりの毒性をどう推定するかに関してデータに幅があるのが現状です。
●植物の作る抗菌物質の解明は進んでいないのでしょうか。Btコーンばかりでなく、従来の作物でも抗菌物質が体内に入ってくることは普通におこってきたはずだと思うのですが、遺伝子組み換えで新しく導入して発現する機構が従来のものと大きく異なっているということなのだろうか。
答:抗菌物質に関しては、Btコーンもnon-Btコーンも量的には変わらないと思います。前回話したのはBt遺伝子が作り出すBtタンパク質(鱗翅目昆虫に対する毒性分)のことで、Btコーンの実ではBtタンパク質が発現しているわけですが、それの毒性はほとんど問題にならないと述べました。
●アメリカで土壌浸食が問題となっているのはなぜですか。
答:風食が主たる原因だと言われています。風が非常に強いので、農耕地の土壌が持って行かれてしまい、農業不適地が増加しています。このような地域では不耕起栽培が有効で、土壌浸食をある程度防ぐことが出来ます。RR大豆は不耕起で栽培しても雑草の影響を受けないので、環境保全型農業として優れているというのがメリットの一つだと宣伝されています。
●日本では遺伝子組み換え作物を栽培するのは非常に困難ですが、アメリカではむしろ推奨されているように思えます。なぜこんなに対応がちがうのでしょうか?
答:米国では、大豆、トウモロコシなどの農産物は戦略物資ですから、「高度な政治的判断」が存在するのでしょう。
●遺伝子組み換え作物に反対すると、農薬会社からお金がもらえるって本当ですか?
答:知りません。このようなイメージ低下をねらった風説からは距離を置いた方がよいです。
●IPMの理念と一致する新たなGM作物として具体的にどのようなものが考えられますか?
答:具体的な作物について提言できるほどの専門家ではありません。漠然としたイメージとしては、農耕地の遺伝的多様性を高めるような、異なった耐虫性GM品種の混植です。
●アズキゾウムシの話で、80%減らしただけでは次の世代には完全に元にもどるという話でしたが、では実際の害虫駆除において、次世代に元にもどらないくらい100%駆除できているのですか?そのような農薬や対処法があるのですか?
答:一般に許可されている農業用殺虫剤は、実験室では80%以上の致死率が確認されてものです(感受性タイプに対してです)。もちろん農地で散布した場合には、葉の陰になって十分に薬がかからなかったという場合がありますから、このような高い割合は期待できません。100%駆除できないので、一作でも、複数回殺虫剤を撒いているわけです。
●増殖率Rの話をしていたときふと思ったのですが、農薬をかけるとどのくらい害虫は減るのでしょうか?抵抗性のものとかでも多少は減るのでしょうか?
答:抵抗性品種がいるかどうかで、効き目は違います。感受性タイプは殺虫剤がかかればほとんど死んでしまいますが、かからない場合もかなりあります。抵抗性品種でも、薬の濃度が高かったり、多量にかかれば死亡します。
●内的増加率が大きい昆虫が害虫に多いのは、もともと世代が短く、また卵を多く産む昆虫が多かったからですか。人間の影響(農薬の散布等)によりrが大きくなった種もいるのですか?
答:害虫の中でも高い r を示すのは、世代時間が短いハダニ、ウンカ、コナガ、アブラムシです。卵をたくさん生むことよりも、世代時間が短いものが害虫となりやすいです。
●昆虫学講座に関して質問なのですが、応生の昆虫とはどのように違うのですか?また、昆虫は、植物よりも種間の差が大きい気がするのですが、特定の昆虫について調べていて、それが他の昆虫にも応用できることはあるのですか?
答:昆虫体系では、昆虫の生態、行動、系統など昆虫そのものの研究を行っていますが、応生の応用分子昆虫学では、昆虫ウイルスや昆虫病原性細菌の遺伝子発現の研究やカイコの遺伝子の研究を行っています。
特定の昆虫についての研究が普遍性を持ちうるかということだと思いますが、常に普遍性を追求して研究しています(志としてはね)。実際に、扱うのは特定の昆虫であることが多いのですが、特定の昆虫の細々とした携帯や、生活史や行動を調べているのではなく、昆虫はあくまでも材料で、より普遍的なテーマを扱っていることが多いのです。そうでないと、国際的なレベルの研究にならないでしょう。
●雪の多いこの時期に活発になるのはどんな虫ですか。
答:クモガタガガンボ(雪の上を歩いている)。ウミユスリカ(小樽の海岸に今頃行くと採れる)
●話と全く関係ないですが「ゴキブリは一匹いると千匹いる」と言いますが、ゴキブリは無性生殖をするのですか?それとも産卵数が膨大なのですか?それともただの言い回しでしょうか・・
答:ゴキブリは有性生殖しかしません。陰に隠れていて、なかなか見つからないことの例えでしょう。一般の家庭では1匹いれば数10
匹はいると思いますが、千匹はいないでしょう。いたら、すごいことになっている