基礎生物学II 13回目     1月8日, 10
「遺伝学の基礎2」


●複対立遺伝子
一つの遺伝子座に対して、3つ以上の対立遺伝子が存在し、各個体にはそれらの中から2つの対立遺伝子の組合せが見られる場合ムABO式血液型に代表される
 ABO式血液型ム赤血球の膜表面の脂質には糖分子が付着している。ABO式血液型遺伝子座は、糖を付
 加する酵素をコードしている。糖タンパク質(抗原)の種類が異なる
血液型は細胞表面の抗原であるため,細菌などの攻撃を受けやすい。病気への抵抗性として多型が維持

ABO式血液型では、極端な遺伝的多型が保たれている。「超優性」による多型の維持が仮定されている
日本ではO型ム30.5% A型ム38.2% B型ム21.9% AB型ム9.4%

IA, IB, i ム3つの対立遺伝子が存在 i は、劣性で糖を付加できない
IA は膜表面の脂質にガラクトサミンを付加、IBはガラクトースを付加する。
IA IAIA i がA型 A型の人はガラクトースを持つ血液型B,ABに対して免疫的に攻撃. O型を受容
IB IBIBi がB型 B型の人はガラクトサミンを持つ血液型A,ABに対して免疫的に攻撃. O型を受容
IA IB がAB型 AB型の人は、A型,B型,O型を受け入れる
i iがO型    O型の人は、他のすべての血液型を拒絶
複対立遺伝子には「共優性」が見られるーIA, IB には優劣の関係が見られず、どちらも発現するーAB型

ABO式血液型では、極端な「遺伝的多型」が保たれている。しかも、多くの民族を通じて血液型の割合は均一。「ヘテロ超優性」が原因だと考えられている。しかし、インディオの人達にはO型のみが見られる。これは、強いボトルネックを経たために生じた「遺伝的浮動」だと考えられている。

同じA型の対立遺伝子IA を持っていても、DNA配列には微妙な違いが存在 8タイプほどに分かれる。
B型も同様。タイプの違いはあってもA型とB型はそれぞれ異なるタンパク質を作りだし、A型とB型の間でアミノ酸は4つ異なる。O対立遺伝子iでは1塩基の欠失突然変異が生じたためにフレームシフト(遺伝暗号の読み枠がずれること)が起こり、ストップコドンが生じ糖転移酵素の働きがなくなっている
       *ストップコドン mRNAの配列の中に、UAA UAG UGAが現れると、タンパク合成は終了する

●連鎖ム2つの遺伝子座が同じ染色体にのっていれば、独立の法則は成り立たない
近くにある2つの遺伝子座は、配偶子形成の際に同じ配偶子に含まれやすいーー連鎖群

連鎖している遺伝子において、遺伝子座間で乗換えが奇数回起これば、2つの遺伝子は別々に行動する

連鎖群の解析から「染色体地図」の作成ムム3点検定交雑
少なくとも3つの形質が異なる純系を掛け合わせる AABBCC×aabbcc→ F1はAaBbCc
F1のAaBbCcを劣性ホモ接合体aabbccに掛け合わせる。表現型を観察すると組み換え率が推定可能

組換え率(%) = 組換え型配偶子数/全配偶子数 × 100

組換え率(%) = 組換え型配偶子による表現型の個体数/全個体数 × 100

組換え率[A-C]=組換え率[A-B]+組換え率[B-C]  この式が、大まかには当てはまる

*乗換率のゆがみー乗換えが起こった時、その近辺では第2の乗換が起こりにくくなる。逆に、起こり
  やすくなる場合もある。染色体構造から、乗換が起こりやすい場所、そうでない場所の違いがある

●量的遺伝ム体サイズ、種子生産量、産子数などの連続変数の遺伝はメンデル遺伝とは異なる
  連続変異を示す「量的形質」は、たくさんの遺伝子座の影響を受ける。QTL遺伝子座
  量的遺伝の「量」は、「質」(類別変数)に対する「量」(連続変数) *順序変数もある

 多くの場合、表現型に対する各遺伝子座の対立遺伝子の効果は「相加的」。この結果、量的形質の頻度分布は「正規分布」に従う場合が多い

特に量的形質では、対立遺伝子の効果が「完全に優性、または劣性」になるとは限らない
「不完全優性」がしばしば見られる A1A1ー1 A1A2ーd, A2A2ー0 d=0.5の時、優性性なし
 dが優性性を表す 0.5<d<1でA1は不完全優性

 量的形質と「環境効果」ム量的形質は環境の影響を受けて変化することが多い。体重への栄養条件等
  環境効果の一つが「母性効果」ム哺乳類では特に重要で、初期成長の良さは母親の質に依存

*1遺伝子に支配される形質でも環境(温度)の影響が現れる場合があるムムホッキョクギツネの毛色
  
形質値のどのくらいの割合が遺伝的効果で決まるかーー遺伝率

ある個体の形質の集団平均値からの偏差= 遺伝要因 + 環境要因
    = 遺伝子効果 + 優性効果 + 環境要因

   形質の分散 = 相加遺伝分散 + 優性分散 + 環境分散

遺伝率は h2 = 相加遺伝分散/全分散 と表現される

遺伝率は、親子回帰(図)によって明らかにすることができる

遺伝率を求めるためには家族内の形質の類似性と家族間の相違を利用する。
1卵生双生児の間には遺伝的相違なし、環境効果のみ。1卵生双生児家族間の違いは遺伝的

繁殖や生存に重要な形質は遺伝率が「低い」、逆に重要でない形質は遺伝率が「高い」
生活史形質よりも、形態形質のほうが遺伝率が高いことが知られている。

●エピスタシス(上位性)
 2つの遺伝子座の効果が足し算の形で表現型に影響する場合をー相加性
 相加的でない場合ムエピスタシス(非相加的効果あるいは交互作用)と呼ぶ

生化学的な反応経路のように複数の遺伝子が連続的に発現する場合には、欠陥のある酵素をコードする遺伝子が反応経路の早期に発現すれば、後期に発現する遺伝子が正常でも、全体の物質の流れが止まってしまう→非相加的効果あるいは相乗効果

相乗効果が生じているとエピスタシスが観察される

        酵素1     酵素2
   タンパク1 → タンパク2 → 最終産物(タンパク質)

 補足遺伝子などは上位性の例
[AB]:[Ab]:[aB]:[ab]=9:3:3:1とならず、9:7となる場合がある。これは、 AとBがそろって初めてある特徴が発現するため(補足遺伝子)。A遺伝子座とB遺伝子座の遺伝子はエピスタシスの関係にある

メンデル以降の研究者は、メンデルの結果(独立の法則)を再現することがなかなか出来なかった。これは、エピスタシスの関係にある遺伝子座を用いてしまったため。
●多面効果(pleiotrophy)
ある対立遺伝子は1つの形質の特徴を決めるだけでなく、別の形質にも影響を持つことがある
むしろ、どの遺伝子でも未知の複数の効果が存在すると考えた方がよい(分かっていないことが多い)

マウスに黄色い毛を生じさせる遺伝子は優性。この遺伝子はホモ接合となると致死的効果をもつ
 「黄色い毛」に関しては優性、「致死性」に関しては劣性を示すム優性性が変化することもある

●人の遺伝病
 遺伝子疾患はタンパク質の単純な変化によって引き起こされる
   DNA配列→転写→アミノ酸配列からなるタンパク質

例 鎌形赤血球級貧血症 は、574個のアミノ酸からなるβ-ヘモグロビンの1つのアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変化。この変化は不利であるが、逆にマラリアに対して抵抗性を示すのでアフリカのマラリア蔓延地域では、通常型に加え鎌形赤血球級貧血対立遺伝子が保持されている
  
●必要のない遺伝子の偽遺伝子化
祖先が持っていた有用な遺伝子でも、環境が変化し必要がなくなると、遺伝子としての機能を失い、遺伝子産物を生産しなくなる→偽遺伝子

偽遺伝子はもとの機能を有する配列に突然変異が生じた結果生まれた。
・ある位置でストップコドンが生じてタンパク質のペプチド鎖が短くなってしまいタンパク質として機能を果たせ
 なくなる場合
・あるいは正常な転写に必要な調節配列が機能を失う場合など

ヒトを含めた霊長類ではビタミンCを合成できない。他の哺乳類はビタミンCを合成できる
霊長類では、果実を常食としていたために、ビタミンCが合成できなくても全く不足はなかった。
L-グロノラクトンオキシダーゼ(ビタミンC合成のための酵素)が合成できない突然変異が生じた

●哺乳類におけるX染色体の不活化
哺乳類固有の現象。哺乳類では、メスの性染色体はXXだが、XXの一方は不活化(メチル化)されている。細胞によってXXのうち、どちらのXが不活化されるかはランダムに決まる。

三毛猫が生じる原因。ネコの毛色を決定している遺伝子のうち、白斑、黒などを決定する遺伝子は常染色体上に存在するが、オレンジ(茶)を決定するO遺伝子のみはX染色体上に存在。三毛猫が産まれるのはO遺伝子が対立するo遺伝子とのヘテロ接合となった場合である。

●哺乳類におけるY染色体の短小化とパリンドローム
相同染色体が2本存在する理由は、相互に遺伝子の損傷を修復するためであると考えられている。損傷修復は、減数分裂の際の対合時に行われる

Y染色体はXに比べて小型で、対合相手の染色体を持たない(実は、YはXと先端のごく一部だけでは対合する)。(もしYがXと対合し、組換えが起こると、sry遺伝子がXに移ってしまう)
この結果、Y染色体では遺伝子の損傷が蓄積し(マラーのラチェット)、遺伝子が次第に失われてしまった→染色体の短小化

最近の研究では78個の遺伝子がヒトのY染色体に含まれることが分かった(きわめて少ない)
これらの遺伝子は、パリンドローム構造をとり(回文構造)、遺伝子内部で損傷の修復を行っていることが分かった→DNA鎖自体が湾曲し、2つのDNA鎖が同じ配列同士でならび合うペアピン構造を形成している。ペアピン内部で損傷の修復を行う