基礎生物学II 12回目     秋元 12月25日, 09
         
「繁殖の多様性、有性生殖、性の進化」その2

●有性生殖の有利性
 ・有性生殖が起源したときにどのような有利性があったか?(原生生物)
 ・有性生殖が、現在、多くの生物でなぜ維持されているのか?(無性生殖になぜ負けない?)

仮説1 有性生殖は遺伝的に多様な子孫を作り出せる
有性生殖---遺伝的に多様な子孫 無性生殖--- 一様な子孫

1) 環境変動が激しく、変化が予測不能であれば、有性生殖が有利(有性生殖の2倍のコストを
  考慮しても) 有性生殖の方が、極端な特徴(形質)を持つ子孫を作り出せるため

  この説が正しいとすると「環境の大きな変動が必要」。しかし、多くの生物では現実的では
   ないので、この説明は生物一般には適用できないと考えられている。

2) 生物的な環境の変動(赤の女王仮説)
病原体、競争者、捕食者。こうした他生物の出現は予測不可能で、多くの個体が犠牲になる。
病原体や他生物との競争を考えると、新しいタイプを次々に作り出せる有性生殖が有利
----- 病原体対抗説
   生物的環境の変動---寄生者(病原体)は常に新手のものが現れるので、それに対抗する必要がある
         
仮説2 有性生殖は有害な突然変異の蓄積から逃れられる
・無性生殖には有害遺伝子が一方的に蓄積し、逃れられない(マラーのラチェット)
・有性生殖生物は、組み換えによって有害遺伝子をたくさん持つ配偶子とあまり持たない配偶子を作り
 出せる
・有性生殖生物では、有害遺伝子を多量に保持する配偶子、あるいは受精卵が死亡することで有害遺伝子
の悪影響を減らすことができる
・接合体でも、有性生殖では、有害遺伝子をたくさん持つ個体と、あまり持たない個体とを作り出すこと
が出来る。有害遺伝子をたくさん持つ個体ほど、死亡率が急速に高まると考えると、有性生殖の有利性
を説明できる。

●性決定の多様性
・性染色体による性の決定
  ・哺乳類(XX-XY型) Y染色体がオスを作る   
Y染色体には sry遺伝子が存在。 (祖先的な哺乳類にはsryは存在しない)

     *性比の決まり方には常染色体も関わっている----雄と雌の比率が1:1となるのは性染色体
      の分離だけでは説明できない。常染色体の遺伝子も関与している。

  ・鳥  (ZZ-ZW型)性染色体がヘテロ(ZW)だとメスになる。ホモ(ZZ)だとオスになる
  ・昆虫 (XX-XY型、XX-XO型、ZZ-ZW型)Xの数によって性が決まる(X染色体と常染色
       体の比率が重要)
     昆虫(膜翅目)  オスは半数体(n), メスは2倍体(2n), メスは性を生み分けられる

・卵が生みつけられた場所の温度条件によって性が決まる
    ワニ、カメ  (これが哺乳類の祖先がとっていた性決定法だと考えられている)

・成長とともに性が変化する(性転換)
    魚類の一部、植物の一部に見られる
*補足説明  哺乳類に単為生殖(クローン増殖)が生じない理由
哺乳類に単為生殖(クローン増殖)を起こさせることができれば、応用的に価値が高い。
(質の高い乳牛、肉質のよいブタなどなど)。しかし、これまでほとんどの試みは失敗しており、ようやく近年、東京農大のグループがマウスを使って単為発生に成功した(クローンマウスの作成)。それ以前の例は羊のドリー。哺乳類で、単為生殖が不可能であった理由は「ゲノムインプリンティング」という現象にある。

ゲノムインプリンティング(genomic imprinting):哺乳類固有の現象で、発生・成長に関わる遺伝子座だけで見られる。ある遺伝子座では、父親から来た遺伝子が発現し、母親から来た遺伝子が不活性、逆に別の遺伝子座では母親から来た遺伝子が発現し、父親から来た遺伝子が不活性となる現象。(父および母の)精子形成および卵子形成の際に、遺伝子に「印」が付けられ、その結果、受精後その遺伝子は発現しなくなる。遺伝子に印をつける方法は「メチル化」という。哺乳類の発生では、父由来の発現遺伝子と、母由来の発現遺伝子の組み合わせが生存のためには必要。ゲノムインプリンティングはその個体が生きている限り続くが、その個体の生殖細胞では、配偶子形成の時にインプリンティングが消去され、あらたにインプリンティングが行われる(つまりその個体がオスなら精子形成の時に独特の印を付け、メスであれば、卵子形成の時に別の遺伝子に印を付ける)。

メチル化ム遺伝子のDNA配列の中で、すべてのCG配列のCにメチル基が融合する現象。ある遺伝子がメチル化されると、それは発現しない。哺乳類では全塩基の1%、植物では7%に及ぶ。遺伝子がメチル化されるとヒストンが脱アセチル化することで、クロマチンの構造変化が起こり転写が抑制される
メチル化は遺伝子の活性を止めるために、生物ではいろいろな場面で使われる。発生をはじめた卵では、胚盤胞の形成期に、一度メチル化は消去されるが(ゲノムインプリンティングを受けている遺伝子だけは例外)、次第に成長とともに遺伝子はメチル化を受けていく。年をとるほど、メチル化されているDNAの割合が高まる。
メチル化は次のような効果を持つ。
 ・成長するにつれて使わなくなった遺伝子の活性を止める(メチル化がはずれるとガンが生じやすい)
 ・トランスポゾン(ゲノム中を飛び回る配列)の動きを止める

哺乳類とクローン;クローン羊ドリーが誕生したが、どうやってそれが生じたかは未だに謎
発育・成長を進める側の遺伝子はオス(父)から伝えられて発現している遺伝子ムムム発育・成長を抑えるのはメス(母)から伝えられた遺伝子

  Igf2遺伝子 オスから伝えられると発現、インスリン様成長因子を作る---成長の促進
  H19遺伝子 メスから伝えられると発現し、インスリン様成長因子の生産を抑える

人工的に卵を単為発生させるためには、体細胞の核を、核を取り除いた未受精卵に入れてから、人工的に「脱メチル化」(メチル基の初期化)しなければならない。この過程でゲノムインプリンティングを受けている遺伝子座のメチル基もはずされてしまう。このため、うまく発生できない。また、卵細胞の核(n)の移植によって2nを作り単為発生させる場合には、母親からの染色体しかもたないため、発生成長に係わる遺伝子はオフにされている。例えば、Igf2遺伝子は、母親由来の染色体では完全に不活化されているので、単為生殖による胚子は成長できずに死亡する。Igf2遺伝子がオンになっている雄由来の染色体が必要。つまり、ゲノムインプリンティングがはずされても、母親だけのインプリンティングが伝わっても卵はうまく発生しない。

●遺伝学の基礎 メンデル遺伝学(高校の復習)
純系ム特定の形質に関して特徴が固定している(変異が現れない)家系。主として植物
   において近親交配を繰り返して作られる(マウスでも可能). ホモ接合体のみ
優性の法則ム異なる純系間の掛け合わせでは、雑種第一代(F1)で一方の純系の形質しか現れ
   ない場合には、現れた形質が「優性」(Aaの形質は、AAと同じになる)
分離の法則ムF1同士の掛け合わせを行うと、F2において形質が3:1に分離する
  (AA:Aa:aa=1:2:1となり、AAとAaが同じ形質を示すので、表現型は3:1)
表現型遺伝子型ムム形質として現れた特徴が表現型
独立の法則ム異なる染色体上にある2つの遺伝子座に注目(A遺伝子座とB遺伝子座)
  F1同士を交配させ、F2を調べると、4種類の表現型[AB],[Ab],[aB],[ab]が現れ、9:3:3:1に分離
  この場合、[A]:[a]=3:1, [B]:[b]=3:1となっており、2つの遺伝子座は独立している
野生型ム野外で最も普通に見られる対立遺伝子 [+]で表す

●複対立遺伝子
一つの遺伝子座に対して、3つ以上の対立遺伝子が存在し、各個体にはそれらの中から2つの対立遺伝子の組合せが見られる場合ムABO式血液型に代表される
 ABO式血液型ム赤血球の膜表面の脂質には糖分子が付着している。ABO式血液型遺伝子座は、糖を付
 加する酵素をコードしている。糖タンパク質(抗原)の種類が異なる
血液型は細胞表面の抗原であるため,細菌などの攻撃を受けやすい。病気への抵抗性として多型が維持

ABO式血液型では、極端な遺伝的多型が保たれている。「超優性」による多型の維持が仮定されている
日本ではO型ム30.5% A型ム38.2% B型ム21.9% AB型ム9.4%

IA, IB, i ム3つの対立遺伝子が存在 i は、劣性で糖を付加できない
IA は膜表面の脂質にガラクトサミンを付加、IBはガラクトースを付加する。
IA IAIA i がA型 A型の人はガラクトースを持つ血液型B,ABに対して免疫的に攻撃. O型を受容
IB IBIBi がB型 B型の人はガラクトサミンを持つ血液型A,ABに対して免疫的に攻撃. O型を受容
IA IB がAB型 AB型の人は、A型,B型,O型を受け入れる
i iがO型    O型の人は、他のすべての血液型を拒絶
複対立遺伝子には「共優性」が見られるーIA, IB には優劣の関係が見られず、どちらも発現するーAB型

ABO式血液型では、極端な「遺伝的多型」が保たれている。しかも、多くの民族を通じて血液型の割合は均一。「ヘテロ超優性」が原因だと考えられている。しかし、インディオの人達にはO型のみが見られる。これは、強いボトルネックを経たために生じた「遺伝的浮動」だと考えられている。

同じA型の対立遺伝子IA を持っていても、DNA配列には微妙な違いが存在 8タイプほどに分かれる。
B型も同様。タイプの違いはあってもA型とB型はそれぞれ異なるタンパク質を作りだし、A型とB型の間でアミノ酸は4つ異なる。O対立遺伝子iでは1塩基の欠失突然変異が生じたためにフレームシフト(遺伝暗号の読み枠がずれること)が起こり、ストップコドンが生じ糖転移酵素の働きがなくなっている
       *ストップコドン mRNAの配列の中に、UAA UAG UGAが現れると、タンパク合成は終了する

●連鎖ム2つの遺伝子座が同じ染色体にのっていれば、独立の法則は成り立たない
近くにある2つの遺伝子座は、配偶子形成の際に同じ配偶子に含まれやすいーー連鎖群

連鎖している遺伝子において、遺伝子座間で乗換えが奇数回起これば、2つの遺伝子は別々に行動する

●量的遺伝ム体サイズ、種子生産量、産子数などの連続変数の遺伝はメンデル遺伝とは異なる
  連続変異を示す「量的形質」は、たくさんの遺伝子座の影響を受ける。QTL遺伝子座
  量的遺伝の「量」は、「質」(類別変数)に対する「量」(連続変数) *順序変数もある

 多くの場合、表現型に対する各遺伝子座の対立遺伝子の効果は「相加的」。この結果、量的形質の頻度分布は「正規分布」に従う場合が多い

特に量的形質では、対立遺伝子の効果が「完全に優性、または劣性」になるとは限らない
「不完全優性」がしばしば見られる A1A1ー1 A1A2ーd, A2A2ー0 d=0.5の時、優性性なし
 dが優性性を表す 0.5<d<1でA1は不完全優性

 量的形質と「環境効果」ム量的形質は環境の影響を受けて変化することが多い。体重への栄養条件等
  環境効果の一つが「母性効果」ム哺乳類では特に重要で、初期成長の良さは母親の質に依存

*1遺伝子に支配される形質でも環境(温度)の影響が現れる場合があるムムホッキョクギツネの毛色
  
形質値のどのくらいの割合が遺伝的効果で決まるかーー遺伝率

ある個体の形質の集団平均値からの偏差= 遺伝要因 + 環境要因
    = 遺伝子効果 + 優性効果 + 環境要因

   形質の分散 = 相加遺伝分散 + 優性分散 + 環境分散

遺伝率は h2 = 相加遺伝分散/全分散 と表現される

遺伝率は、親子回帰(図)によって明らかにすることができる

世界のABO式血液型頻度
地域 O型% A型% B型% AB型% 調査人数
日本 30.5 38.2 21.9 9.4 301,959
ネパール 30 37 24 9 ?
ベトナム 42 22 31 5 ?
スリランカ 47 22 26 5 ?
イギリス 46.7 41.7 8.6 3 190,177
スペイン 38.2 47.2 10.1 4.5 50,791
イラク 35 31 26 8 ?
ケニア 49 26 22 3 ?
リベリア 46 25 24 5 ?
エスキモー(グリーンランド) 54.2 38.5 4.8 2 607
インディオ(ペルー) 100 - - - 200
インディオ(ブラジル) 100 - - - 356
インディオ(マヤ) 97.7 1.3 0.5 0.5 223