基礎生物学II 11回目     秋元 12月18日, 09
         
「繁殖の多様性、有性生殖、性の進化」その1

生物が環境に適応するために遺伝的変異は非常に重要 変異を生み出す2大要因
・突然変異 点突然変異、DNA1塩基の置き換わり
・ 性=「有性生殖」新しい遺伝子の組み合わせ、すなわち遺伝的変異を作り出す
  性の本質:「分離」(segregation)+「遺伝的組換え」(recombination)

「性」は進化のための変異を提供 適応的 ワイズマン以来100年以上も主張されてきたしかし、性の起源にかかわる問題はまだよく理解されていない

一般的な理解では、(チャート式新生物IB・II)
無性生殖  環境変化に対応しにくいので不利  増殖の効率がよい
有性生殖  環境変化に対応しうるあたらしい形質が生じやすいので有利 増殖の効率が悪い-------性のコストが理解できない

● 有性生殖に伴うコスト
1) オスのコスト=有性生殖の2倍のコスト=有性生殖のパラドックス
    増殖率は無性生殖の1/2
2) 有利な遺伝子の組み合わせを壊してしまう  

 有性生殖にはこうしたコストを上回るだけの個体にとっての有利性があるのか?
「突然変異」とか「有性生殖」は個体にとっての有利性という点で説明できるのか?

区別 ・種とか集団にとって有利 ---------- 一般的な説明になりにくい
   ・個体、あるいは遺伝子にとっての有利性 ----- 自然選択による説明

突然変異は、個体にとっては有利ではない。「突然変異というのは、適応の結果ではなく、さけがたい物理化学的制約 constraint」

「性」は真核生物以外にも広く見られる
●ウイルスに見られる「性」ム異なるゲノム間で遺伝材料を交換している。インフルエンザウイルスの分節交換など
●「原核生物」の細菌類(バクテリア:大腸菌が代表例)で見られる「性」
核外遺伝子であるプラスミドを個体間で交換しあっている------抗生物質耐性菌(MRSA)はプラスミドの交換による
したがって、生物でもウイルスでも、遺伝子を複製し増殖するものは組換え(すなわち性)が必要
 *プラスミド:染色体のDNAとは独立して自律的に複製を行う。一般に環状構造をとる

●基本用語の確認
体細胞 soma と生殖細胞系列 germ line(始原生殖細胞 2N →減数分裂→配偶子 N)
接合子 zygote (2N) と 配偶子 gamate (N)
2倍体 diploid と1倍体(半数体) haploid

2nになることの意味 有性生殖生物は、自分の配偶子を他個体の配偶子と融合させることで、有害遺伝子の影響を防いでいる。しかし、哺乳類では、オスの性染色体の組み合わせがXYであるため、X染色体だけは対になれない。したがって、有害な突然変異がXに生じると、その効果がすぐに表現型に現れてしまう。これが、ヒトにおいて男児の死亡率が女児の死亡率よりも高い原因になっている。ヒトのX染色体には11の免疫にかかわる遺伝子座が存在。ここに突然変異が生じると感染症に対して弱くなる
受精 fertilization=配偶子の融合=配偶子合体(symgamy)
減数分裂 meiosis 2NからNへ
有性生殖 sexual reproduction 
無性生殖 asexual reproduction(クローン増殖)--生殖細胞が単独で発生したとしても組換えがあれば、無性生殖とは言えないので注意
単為生殖 parthenogenesis 生殖細胞が形成されるが、配偶子形成を経ないでクローン増殖する場合と、配偶子形成を行っても形成された配偶子同士が融合する場合(自混)とがある。いずれの場合も他個体と染色体を交換することはない

減数分裂
第一減数分裂(還元分裂) 染色体倍加に伴って相同染色体の対合と染色体の乗換え(crossing over)
乗換えは、遺伝学的には「遺伝的組換え」(genetic recombination)という

第二減数分裂  姉妹染色分体の分離 1つの生殖細胞から4つの1倍体細胞ができる

● 繁殖の多様性
  有性生殖とは、減数分裂によって作られた配偶子の融合(syngamy) =amphimixis

無性生殖 [進化学的には:親と子の遺伝子型が同じ=クローン増殖]
 ・栄養繁殖 vegetative reproduction(ムカゴ、ストローン、地下茎、イモ)
 ・単為生殖 parthenogenesis ある個体の卵が受精せずに発生し、新しい接合体を作ること(自混を含むが、自混だとクローン増殖にならない)  植物では apomixis 無配偶生殖と呼ぶ(昆虫類、トカゲ、両生類では多くの例。しかし、ほ乳類にはその例がない)アブラムシなど 
昆虫では細胞内共生生物に操作された結果単為生殖が生じる

ほ乳類で単為生殖がない理由ムgenomic imprinting 最近実験的に成功

 ・半数性単為生殖 昆虫の膜翅目 オスn メス 2n
 ・オートミクシスによる単為生殖 automixis 自混 
  ミジンコ、バッタでは、減数分裂したnの卵と第二極体が融合し2nにもどる
 ・幼生生殖 タマバエの幼虫 幼生の体内にある卵細胞が単為発生
        クローン増殖によって2nから2nが生じる

● 有性生殖の性表現
同形配偶子 isogamy  原生生物と菌類の一部、(交配型+,-) 祖先的
異形配偶子 anisogamy  植物・動物一般
雌雄同体 大型・小型の配偶子を1個体が作り出す  hermaphrodite 
個体内におけるオス機能とメス機能;植物で一般的、動物でミミズ、ヒル、ホヤ、カイメン、カタツムリ 相手を見つけるコスト

●有性生殖の起源 どのようにして有性生殖を獲得したのか?
原生生物(細菌性粘菌)の例
 ストレス環境下では2倍体の接合体となる。そうでない環境では1倍体細胞
2倍体細胞だけが、染色体損傷(DNAの2重鎖切断)を修復できる。一方の2重鎖を鋳型にして他方の切断された2重鎖を置き換える。
 相同染色体の対合と染色体の乗換えは、DNA修復のために進化した可能性が高い

●有性生殖の有利性
仮説1 有性生殖は遺伝的に多様な子孫を作り出せる
有性生殖---遺伝的に多様な子孫 無性生殖--- 一様な子孫
1) 有性生殖の方が、極端な特徴(形質)を持つ子孫を作り出せる。環境変動が激し
2) 生物的な環境の変動(赤の女王仮説)
病原体、競争者、捕食者。こうした他種との競争が激しいと、新しいタイプを作り出せる
有性生殖は有利 ----- 病原体対抗説
仮説2 有性生殖は有害な突然変異の蓄積から逃れられる

●有性生殖の有利性
仮説1 有性生殖は遺伝的に多様な子孫を作り出せる
有性生殖---遺伝的に多様な子孫 無性生殖--- 一様な子孫
1) 有性生殖の方が、極端な特徴(形質)を持つ子孫を作り出せる。環境変動が激し
 ければ、有性生殖が有利
  この説が正しいとすると「環境の大きな変動が必要」しかし、現実的ではない

2) 生物的な環境の変動(赤の女王仮説)
病原体、競争者、捕食者。こうした他種との競争が激しいと、新しいタイプを作り出せる有性生殖は有利 ----- 病原体対抗説
   生物的環境の変動---寄生者(病原体)は常に新手のものが現れてくる
         
仮説2 有性生殖は有害な突然変異の蓄積から逃れられる
・無性生殖には有害遺伝子が一方的に蓄積し、逃れられない(マラーのラチェット)
・有性生殖生物は、組み換えによって有害遺伝子をたくさん持つ配偶子とあまり持たない配偶子を作り
 出せる
・有性生殖生物では、有害遺伝子を多量に保持する配偶子、あるいは受精卵が死亡することで有害遺伝子
 の悪影響を減らすことができる

●性決定の多様性
・性染色体による性の決定
・哺乳類(XX-XY型) Y染色体がオスを作る   
Y染色体には sry遺伝子が存在。 しかし祖先的な哺乳類にはsryは存在しない
*性比の決まり方には常染色体も関わっている----雄と雌の比率が1:1となるのは性染色体の分離だけでは説明できない。常染色体の遺伝子も関与している。
・鳥  (ZZ-ZW型)性染色体がヘテロだとメスになる
・昆虫 (XX-XY型、XX-XO型、ZZ-ZW型)Xの数によって性が決まる(X染色体と常染色体の比率が重要)
 昆虫(膜翅目)  オスは半数体(n), メスは2倍体(2n), メスは性を生み分けられる
・卵が生みつけられた場所の温度条件によって性が決まる
 ワニ、カメ  (これが哺乳類の祖先がとっていた性決定法だと考えられている)
・成長とともに性が変化する(性転換)
    魚類の一部、植物の一部に見られる

有性生殖の進化(追加説明)

哺乳類に単為生殖(クローン増殖)を起こさせることができれば、応用的に価値が高い。
(質の高い乳牛、肉質のよいブタなどなど)。しかし、これまでほとんどの試みは失敗しており、ようやく近年、東京農大のグループがマウスを使って単為発生に成功した(クローンマウスの作成)。哺乳類で、単為生殖が不可能であった理由は「ゲノムインプリンティング」という現象にある。

ゲノムインプリンティング(genomic imprinting):哺乳類固有の現象で、発生・成長に関わる遺伝子座だけで見られる。ある遺伝子座では、父親から来た遺伝子が発現し、母親から来た遺伝子が不活性、逆に別の遺伝子座では母親から来た遺伝子が発現し、父親から来た遺伝子が不活性となる現象。(父および母の)精子形成および卵子形成の際に、遺伝子に「印」が付けられ、その結果、受精後その遺伝子は発現しなくなる。遺伝子に印をつける方法は「メチル化」という。哺乳類の発生では、父由来の発現遺伝子と、母由来の発現遺伝子の組み合わせが生存のためには必要。ゲノムインプリンティングはその個体が生きている限り続くが、その個体の生殖細胞では、配偶子形成の時にインプリンティングが消去され、あらたにインプリンティングが行われる(つまりその個体がオスなら精子形成の時に独特の印を付け、メスであれば、卵子形成の時に別の遺伝子に印を付ける)。

生物の発生と遺伝子の関係
生物の発生(受精卵)→ 細胞分化 → 発生運命の決定 → 異なる細胞・組織へと分化
 このとき遺伝子は「差異的に発現」している(細胞によってある遺伝子は発現したりしなかったりする)
個体内の細胞はみな同じゲノム(遺伝子全体)を持っている。しかし、発生の過程で「遺伝子発現」が「調節」を受け、異なる細胞へと分化。遺伝子発現を調節する方法の一つが、「メチル化」(その他は、タンパク質による転写因子、および発現をとめる転写抑制タンパク質)
 
メチル化ム遺伝子のDNA配列の中で、すべてのCG配列のCにメチル基が融合する現象。ある遺伝子がメチル化されると、それは発現しない。哺乳類では全塩基の1%、植物では7%に及ぶ。遺伝子がメチル化されるとヒストンが脱アセチル化することで、クロマチンの構造変化が起こり転写が抑制される
メチル化は遺伝子の活性を止めるために、生物ではいろいろな場面で使われる。発生をはじめた卵では、胚盤胞の形成期に、一度メチル化は消去されるが(ゲノムインプリンティングを受けている遺伝子だけは例外)、次第に成長とともに遺伝子はメチル化を受けていく。年をとるほど、メチル化されているDNAの割合が高まる。
メチル化は次のような効果を持つ。
 ・成長するにつれて使わなくなった遺伝子の活性を止める(メチル化がはずれるとガンが生じやすい)
 ・トランスポゾン(ゲノム中を飛び回る配列)の動きを止める

哺乳類とクローン;クローン羊ドリーが誕生したが、どうやってそれが生じたかは未だに謎
発育・成長を進める側の遺伝子はオス(父)から伝えられて発現している遺伝子ムムム発育・成長を抑えるのはメス(母)から伝えられた遺伝子

  Igf2遺伝子 オスから伝えられると発現、インスリン様成長因子を作る---成長の促進
  H19遺伝子 メスから伝えられると発現し、インスリン様成長因子の生産を抑える

人工的に卵を単為発生させるためには、体細胞の核を、核を取り除いた未受精卵に入れてから、人工的に「脱メチル化」(メチル基の初期化)しなければならない。この過程でゲノムインプリンティングを受けている遺伝子座のメチル基もはずされてしまう。このため、うまく発生できない。また、卵細胞の核(n)の移植によって2nを作り単為発生させる場合には、母親からの染色体しかもたないため、発生成長に係わる遺伝子はオフにされている。例えば、Igf2遺伝子は、母親由来の染色体では完全に不活化されているので、単為生殖による胚子は成長できずに死亡する。Igf2遺伝子がオンになっている雄由来の染色体が必要。つまり、ゲノムインプリンティングがはずされても、母親だけのインプリンティングが伝わっても卵はうまく発生しない。

仮説
哺乳類は一般には複数の胎児を子宮内で育てる(ヒトは例外的)。複数の胎児は、同じオスの子供であることもあるが、異なるオスの子供が混じることがある。
 あるメスが生んだ同じオスの子----全兄弟  遺伝子の共有率1/2
 あるメスが生んだ異なるオスの子---半兄弟  遺伝子の共有率1/4
あるオスの子供は、他のオスの子供とメスの子宮内でともに育つことがあるので、栄養をめぐって争う可能性がある。オスはできるだけ、栄養の取り込みを促進する遺伝子を子供にわたした方が競争において有利。一方、メスにとっては、父親は違ってもどの子も自分の子供なので、子供間の過度の競争を減らし、全員が無事育つ方が有利。
この結果、オスから伝えられると成長を促進する遺伝子ムメスから伝えられると成長を抑制する遺伝子の組み合わせが生じたのであろう。

胎盤(胎児性胎盤)-----オスのゲノムが発現。成長を促進 脳-----メスの遺伝子が発現して作られる

マウスを使った実験----種間かけ合わせ
Peromyscus maniculatus  メスは乱婚的、同腹の子は異父兄弟になりやすい
胚の中で、父親のゲノムは多くの栄養を得るように働く。母親のゲノムはそれを押さえる力も強い
Peromyscus polionatus  メスは単婚的、同腹の子は父親が同じ
胚の中で父のゲノムは多くの栄養を得るように働くが、その傾向はPeromyscus maniculatus よりも弱い。メスに関しても、オス由来の遺伝子(成長を促進する)の発現を抑える傾向が弱いはずである。 

実験と結果
Peromyscus maniculatus♂ と Peromyscus polionatus ♀ のかけ合わせ
結果ムムきわめて大型の子供が生まれた
これは、栄養を母親からたくさん奪い取る父由来の遺伝子と、成長を止める力の弱い母親由来の遺伝子の組み合わせを持った胚子ができたためだと解釈できる。

Peromyscus polionatus♂ と Peromyscus maniculatus♀ のかけ合わせ
結果ムムきわめて小型の子供が生まれた
これは、栄養を母親からあまり奪い取らない父由来の遺伝子と、成長を止める力の強い母親由来の遺伝子の組み合わせを持った胚子ができたためだと解釈できる

類似した現象は、植物の「重複受精」である。 種皮による胚珠の操作が考えられている