分子の立体化学を調べるには、空間的に近接した核を検出するNOESYが広く一般に用いられます。NOEの強度は二つの核の間の距離の6乗に反比例し、また、溶液中の分子の運動をあらわすパラメータτC(分子相関時間、sec/rad)と観測周波数ωに依存します。τCはその単位(sec/rad)からわかるように「分子の動きにくさ」をあらわす度合いで、分子が大きいほど値が大きく、τCが大きいほどNOE強度は小さくなります。ωは何メガの装置などというときのMHz数で、他の条件が同じならωが大きいほどNOE強度は小さくなります。
τCとωがさらに大きくなるとNOE強度は小さくなっていき、やがてゼロを通過し、負のNOEが観測されるようになります。困ったことに、500MHzの装置では分子量8〜900程度の化合物はNOE強度がゼロとなってしまい、また、負のNOEは後で述べるように化学交換由来のピークと区別できません。
そのようなばあい、τCとωに依存しないROESYが用いられます。NOESYやROESYでは空間的に近接した二つの核を検出するためのミキシングタイムという時間が設定されています。ミキシングタイムの適切な値もτCに依存し、これが小さいとき(概ね分子量が500程度)長く(1秒程度)、大きいとき短くします。NOESYではミキシングタイムの間は何のパルスもかけずに待っているだけですが、ROESYはスピンロックという、高出力のパルスを長時間かける手法を用います。このため、長いミキシングタイムを必要とする低分子化合物でROESYを測定することは危険です。
最後にNOESY、ROESYスペクトル中にあらわれるNOEピークとNOE以外の(望まれない)ピークをまとめておきます。化学交換ピークは化合物の水酸基と溶媒中の水との間に観測されることがあります。
NOESY | ROESY | |
---|---|---|
対角 | - | - |
NOE(正のNOEとなるτC,ω) | + | + |
NOE(負のNOEとなるτC,ω) | - | + |
化学交換 | - | - |
COSYピーク | 反位相 | 反位相 |
TOCSYピーク | なし | - |
TOCSY-ROESYピーク | なし | + |
反位相ピークというのは、この図のように正負が交互に並んだピークです。