ダイズ学

 

ダイズの起源とその生産まで

イネと聞いて何を想像しますか? 米です。
コムギと聞いて何を想像しますか? パンと麺です。
ダイズと聞いて何を想像しますか? 豆腐?納豆?油?う~ん。

 用途が色々あるのがダイズです。学生がよくお世話になっているダイズといえばビールのお供のエダマメ(実はエダマメはダイズの未熟種子です)とコストパフォーマンスがとても良い納豆と豆腐です。主婦の味方を考えると、醤油と味噌を外すことはできません。最近ではミートアナログとしての利用も盛んになっています。また、世界規模でみるとダイズは主要な油糧作物(油をとるための植物)であります。つまり,ダイズの用途は他の作物と比べとても多様なため主要な用途と言われてもピンとこないのかもしれません。イネやトウモロコシと比較するとダイズは摂取できる栄養分や、利用できる成分が大きく異なるのもひとつの特徴です。それだけポテンシャルがあるダイズですが、求められるダイズの性質も多岐に渡ります。そのためダイズは収量や生産性から品質や加工特性まで非常に幅広い分野で研究が進められています。

 ダイズの起源はアジアで、その中でも黄河中流域や下流域、中国の東北地方説、中国南部説、朝鮮半島説など所説あります。ダイズ栽培の最古の記述は中国の『詩経』(紀元前1027~453年)にあり、3,000年以上の栽培の歴史を持つことになります。その3,000年の間にダイズの祖先野生種であるツルマメのつる性や裂莢性、種子の大きさ、色などが人によって繰り返し選抜されことで変異が集積し現在のダイズに至ると考えられます。

 その一方で、アジア以外で本格的なダイズ生産が行われ始めたのは近年に入ってからです。ヨーロッパやアメリカでの本格的な栽培が行われるようになったのは、1900年代に入ってからで、製油産業や畜産業の需要に応える形で栽培されていました。そして、第二次世界大戦を経て、1940年代以降アメリカがダイズの世界最大生産国となりました。1970年代に入り、ブラジルでは製油産業の機運が高まり、1974年には中国を抜き、世界第二位のダイズ生産国になりました。また急成長を遂げているインドでも、緑の革命により農業改革が行われた1960年代半ばにタンパク質不足の問題が浮上し、その際にダイズが注目され、現在では1千万トン以上のダイズが生産されています。

 上の図はFAOのデータ(http://faostat.fao.org/)から作成した2016年におけるダイズの栽培地域とその生産量を示したものです。赤い色が濃いほどその地域での生産量が高いことを示しています(ただし、国ごとに色分けされているため栽培の北限や南限は反映されていません)。この図から, ダイズがかなり広範囲にわたって栽培されていることがわかると思います。このことからも各地域に適応したダイズ品種が多数育成されていることが想像できると思います。

それでは,ダイズの生産量についてもう少し詳しく見ていくことにしましょう。



では,日本での生産量はどのくらいなのでしょうか?農林水産省のデータから見てみましょう。

 左のグラフは主要な植物油の生産量を示したものです。ダイズはパーム油に続く生産量です(左の図で緑色の折れ線グラフがダイズ油の生産量を示します)。2016年のダイズ油の生産量は5,290万トンでした。ダイズ種子の20%は油であることが知られています。このことから,2.億6,000万トン程度のダイズが搾油用として利用されていることになります。

 ダイズ油の多くは天ぷら油や、サラダ油、マヨネーズ・ドレッシング・マーガリン・ショートニングその他インク溶剤など工業用にも利用されています。また、搾油したダイズの残り(油粕などと呼ばれています)は肥料や飼料として利用されています。



ダイズのゲノム科学と分子遺伝学

 ここから,少しダイズのゲノム、遺伝学や分子生物学について見て行きましょう。私たちが研究室で進めている研究と密接に関わりがあるものがほとんどです。少し,専門用語が出てくるかもしれませんがご了承ください。

 

 上述のように一つのダイズ品種でもゲノムの配列がわかると他のダイズの品種や系統との間で遺伝子内の配列の違いなどを比較することが可能になります。この違いから遺伝的変異を効率的に品種改良へ利用できるようになります。また、基礎研究においても各遺伝子の変異と表現型との違いから遺伝子そのものの機能を理解することにも繋がります。現在の植物科学は情報や研究ツールが充実しているため、ダイズの研究に関わらず研究進展がとても速くなっています。

では、実際にダイズ品種の成り立ちに関連している遺伝変異を見ていくことにしましょう。


ダイズの種子成分

 最初に述べたように,私たち日本人にとってダイズは食材としてのイメージがとても強いです。そのため、日本では,ダイズに含まれる様々な機能性成分に関する研究が古くから行われています。最近では,その高い機能性から海外でもダイズ食品が注目されています。最後にダイズ種子成分について少しお話いたします。

タンパク質
 ダイズ中で最も多い成分です。乾燥ダイズの約40%、半分弱はタンパク質です。サーロインステーキが17%、乾燥したビーフジャーキーが55%、白米が約 5%タンパク質を含んでいることを考えると高い値で、『畑の肉』といわれるほどタンパク質を多く含んでいます。含まれるタンパク質の6割はダイズ貯蔵タ ンパク質と呼ばれているグリシニン(11Sグロブリン)とβーコングリシニン(7Sグロブリン)です。塩溶液に可溶でタンパク溶液を加熱すると水を含んだままゲル化することから、豆腐などダイズ食品を作る際の重要な特性となっています。ダイズタンパク質の『水への可溶性』と『ゲル化特性』はマメ科種子のタン パク質の大きな特性で、コムギやトウモロコシの主要タンパク質とは異なる点です。

脂質
 ダイズ種子の20%は油(脂質)です。ダイズが油糧作物と言われる由縁でもあります。植物の種子には、発芽時のエネルギーを炭水化物(主にデンプン)として蓄えるものと脂質として蓄える二種類が存在します。ダイズやなたねはエネルギーを脂質として蓄えます。他の作物と比較すると、同じマメ科植物でもアズキは脂質が2%程度と低く、デンプンの形でエネルギーを蓄えています。3大作物のイネ・コム ギ・トウモロコシも炭水化物を70%以上蓄えています。脂質を多く含むことに加え、ダイズ脂質にはαーリノレン酸やリノール酸といった多価不飽和脂肪酸を比較的多く含んでいます。αーリノレン酸やリノール酸は必須脂肪酸であり、ダイズはその供給源となっています。

炭水化物
 ダイズに含まれる炭水化物は約30%です。およそ三分の二が食物繊維で、不溶性のものがほとんどです。ダイズから油を搾った脱脂大豆(おから)には炭水化 物とタンパク質が残ります。今まで、良質なタンパク質を含むため飼料として主に用いられてきました。しかし、近年になって、強酸性下でおからの不溶性の食物繊維を 水溶性にして抽出する加工法が開発されました。これによりダイズの食物繊維の利用範囲が広がっています。抽出された水溶性食物繊維には、乳化機能、分散安定化機能、でんぷん質の劣化抑制機能などが見つかっており、食品機能材としての役割が注目されています。

その他の微量成分
 上記の栄養成分の他にもダイズにはビタミンB1(チアミン)や、ビタミンE(トコフェロール)サポニンイソフラボンなどの栄養微量成分を含み、その機能性が注目されています。

 ビタミンE(トコフェロール)は抗酸化作用が強く、ダイズ油の酸化を防ぐことができます。ビタミンE(トコフェロール)には4種類あり、その中でもαートコフェロールのビタミンE活性が最も高いです。そこで、α型に関わる生合成経路や酵素の研究や、育種素材としてα型を多く含むダイズ野生種の探索などが進められています。

 サポニンは水に溶けて石けんのような発泡作用を示す物質で配糖体の構造を持ちます。ダイズにはDDMPサポニングループA サポニンが存在します。その構造は糖と糖以外(非糖成分)にわけられます。糖成分と非糖成分の組み合わせから、ダイズには50種類ものサポニンが存在します。抗高脂血症作用や、大腸がん細胞の増殖抑制作用、甲状腺ホルモン分泌を通した肝臓障害抑制作用などが機能性として報告されています。

 イソフラボンはフラボノイドの一種で、これも配糖体の形でダイズ内部に存在します。イソフラボンはエストロゲン受容体に結合し、エストロゲンと同様の作用を示しますが、その活性は低いです。更年期障害の解消や、高コレステロール血症の対象者での、コレステロール値改善効果や骨量減少抑制作用などが報告されています。

 ダイズはマメ科に属する二倍性の植物で染色体の基本数は20です。2010年の1月にダイズの全ゲノム配列が発表されました。ゲノムサイズは約11億塩基対、遺伝子数は約4万6千種類でした(Nature 463: 178-)。これによりダイズの基礎的な研究及び、遺伝子・育種研究が跳躍的に進むと考えられます。また、ダイズのゲノムは過去に2回大きなゲノム重複をもたらす構造変化があったと考えられています。左の図のように染色体ごとに見ていくと、他の染色体と重複している(そこにある遺伝子の配列や遺伝子の並びが類似している)ことが良くわかります。

 日本では、北海道から九州まで様々なダイズが育てられています。地域によってその環境に応じた品種が育成され利用されています。ダイズは基本的に短日植物のため、日長が短くなると花成が起きます。花成にはFTタンパク質というものが必要になります。ダイズ遺伝資源の中には様々な遺伝変異によってこのFTタンパク質遺伝子の発現が制御されていることがわかっています。左の図は北海道と九州地域における花成に重要なE1~E4までの4つの遺伝子の代表的な遺伝子型を示しています。いずれの遺伝子も大文字が小文字に対して顕性で花成を遅らせる効果があります。北海道地域に適応した早生品種はこれらのいくつかの遺伝子について潜性の遺伝子型を持つことがわかります。このことから、栽培地域における適応性と花成を制御する遺伝子の変異が密接に関係してことがわかります。

 左の図はE1遺伝子の機能を確認するため、ダイズの形質転換体を作出して解析しているところです。そもそも、この遺伝子は花成の時期が異なる2つのダイズを交雑し、その分離集団を利用してファインマッピングすることによって責任遺伝子として単離されてきました。形質転換によってE1遺伝子の発現を高めると、先に述べたFTタンパク質遺伝子の発現が強く抑えられその結果、花成が遅くなることがわかります(左の図のTG2-3)。このように、遺伝子の変異を見つけ出した場合、その機能を検証するために形質転換技術が利用されることもあります。時には、ダイズ以外の植物にもダイズの遺伝子を導入した形質転換体を作出してその機能を確認する場合もあります。

 

 先に述べたダイズ形質転換について少しお話します。私たちの研究室では遺伝子の機能を解析するツールの一つとして形質転換を利用しています。ダイズの形質転換は右に示すよう主に2つの方法があります。その一つは、子葉片にアグロバクテリアを感染させそこから、不定芽を誘導し形質転換体を得る方法です。もう一つは、不定胚に遺伝子銃を用いて目的遺伝子を導入しその胚から植物体を再生する方法です。いずれの方法も一長一短はありますが、私たちの研究室では前者を主に利用しています。また、最近注目されているゲノム編集についても私たちの研究室では、いずれの方法においても可能であることを確認しています。

 

 形質転換を行うことで様々な遺伝子の機能解析や形質改変が可能になります。右の図の上の写真は光合成に関連する色素(クロロフィルやカロテノイド)の生合成や代謝に関連する遺伝子をRNA干渉(RNAi)によってノックダウン(遺伝子発現を低下させる)したものです。一番左の野生型の子葉と比べ、子葉の色が黄色になったり緑色になったりしていることが分かります。

 また、下の写真は細胞分裂に関連する転写因子遺伝子をCRISPR/Cas9というゲノム編集を行う一つのシステムによって変異を挿入したものになります。導入される変異の種類によって、一番左にある野生型の莢に比べ、大きくなったり、りねじれてしまったりすることがわかりました。

 

 ダイズの多様性を知る上で、ゲノム情報や遺伝子の情報はとても大切になります。また、これらの情報を利用することで品種改良を効率的に行うことができます。一方、基礎研究においては様々な研究ツールが開発されることによって新たな知見を獲得することもできます。

 

 左のグラフは2016年のFAOデータからダイズ主要生産国トップ5の生産量を示したもので
す。トップのアメリカ合衆国は1億1,700万トン程度生産されています。この5か国で全ダイズ生産量の9割程度を占めています。

 アメリカ合衆国やブラジルで栽培されているダイズの90%程度が遺伝子組換えダイズと言われています。日本に輸入されるものは遺伝子組換えダイズとそうでないものがしっかり区別されているものがほとんどです。

 左の図は1973年から2016年までの世界におけるダイズの生産量をFAOデータから作図したものです。2016年には約3億3,500万トンが生産されています。お分かりのようにずっと上昇傾向にあります。また,グラフの中間あたりから増加度合いが一段と高くなっていることが分かります。これは1996年頃から遺伝子組換えダイズが商業栽培され始めたことにあると思われます。除草剤耐性などを付与した栽培の効率化が背景にあるのでしょう。

 左の図は農林水産省のデータをもとにした国内のダイズ生産量を示したものです。2016年の生産量は約23万5,000トンでした。ここ10年ほどその生産量は横ばいの傾向にあります。また、過去30年ほどさかのぼっても冷害によって著しく収量が低下した年を除いて大きく変わっていないことがわかります。一方、日本でのダイズ消費量は年間400万トン程度です。つまり、370万トン以上を輸入していることになります。その多くはアメリカ合衆国、ブラジルおよびカナダからです。また、年間400万トンの消費のうち、食用として利用されるのは100万トン弱です。

 左のグラフは食用として利用されるダイズの内訳を示しています。その5割近くが豆腐加工に利用されていることがわかります。続いて、みそ、納豆、豆乳として利用が多いことがわかります。特に、健康ブームもあって最近豆乳の需要が大きくなってきている特徴があります。また、最近タンパク質の素材としてダイズから取り出されたタンパク質がミートアナログなどに利用されています(左のグラフではその他に含まれます)。

 食用以外の用途として一番大きいのは搾油です。食用を除く300万トン程度の消費はほぼ食用油に利用されていると考えられます。

 最後まで、ご拝読頂きありがとうございます。ダイズは私たちにとてもなじみのある作物ということから、日本では様々な研究と開発が行われています。最近、和食ブームにのってエダマメも世界的に認識されるようになってきました。今後は、私たちもエダマメも対象に研究分野を広げていきたいと思っています。私たちの研究室では、ダイズが世界各地で愛され、人々の食、生活、健康を支える重要な作物であり続けるよう、研究面からダイズの品種改良を支えていきたいと思います。

 ダイズって面白そうだなっと思った方は、私たちと一緒に研究してみませんか?
 皆様のお越しお待ち申し上げます。