イントロンについて

 

 講義の終了後に出席票を回収している.紙片の余白は大きく空いているので,感想,質問,あるいはイラストなどが書かれている.これらは受講生とのコミュニケーション手段の一つで,講義を改善するのに活用もできる.何より,面白いことが書かれていると読んでいて楽しい.それ故に,このアナログなシステムを継続している.それらを見ているうちに,毎年,同じような誤解に基づく質問があることに気がついた.以下は,そうした誤解のうち,イントロンに関するものについての補足説明である.

 イントロンとは,「分断遺伝子において,RNAとして転写されるが,その後に転写産物から除去されて分解される部分」とされている 1).例として,図1にテンサイ(ビート)ミトコンドリアDNAの一部分を模式的に表している 2).図中のcox2遺伝子は分断遺伝子であり,2つのエキソンに分かれている.エキソンとエキソンの間がイントロンである.cox2遺伝子は,一旦エキソンとイントロンを含むRNAとして転写され,その後イントロンが除去されて2つのエキソンが繋がれる.繋がってできたRNAが成熟mRNAであり,これが翻訳に供される.ただし,核とは異なり植物ミトコンドリアでは分解前のイントロンが検出されることがある 3)

 

 

 イントロンに関する誤解は次のようなものである.すなわち,「タンパク質をコードしていない領域はすべてイントロンという」「すべてのイントロンにはタンパク質がコードされていない」である.これらは,次の理由から正しくない.

 

@ ゲノムDNAにおいて,タンパク質をコードしていない領域はイントロンだけではない.例えば,図1において遺伝子がコードされていない領域は,cox2のイントロンの他にも,cox2の終わりから隣のcox1の始まりまでの間が該当する.このcox2-cox1遺伝子間領域をイントロンとは呼ばない(この領域は,いかなる遺伝子も分断していない).イントロンは分断遺伝子の中にある.何でもかんでもイントロンと呼んではいけない.

 

A tRNA遺伝子やrRNA遺伝子のように,転写産物がタンパク質に翻訳されない遺伝子がある.ちなみに,tRNA遺伝子やrRNA遺伝子が分断遺伝子で,イントロンを保持することがある。例えば,タバコ葉緑体DNA上の複数のtRNA遺伝子にイントロンが見つかっている 4).こうしたtRNA遺伝子においては,転写後にイントロンはスプライシングによって除去され,最終産物であるtRNA分子にイントロン配列は残らない.

 

B イントロン内にタンパク質コード域が見つかることがある.例えば,出芽酵母ミトコンドリアDNAにはωと呼ばれる遺伝因子が見つかっているが,その正体はイントロンである5).ω内部にはある特定の塩基配列を切断するタンパク質(制限酵素)がコードされている 5).植物ミトコンドリアDNAでは,nad1遺伝子の第4イントロン内部にタンパク質がコードされている 6)

 

 少し専門的な話ではあるが,レポート作成の際など,ご注意いただけると幸いである.

 

引用文献

1) A Dictionary of Genetics, 7th Edition, Oxford University Press 2006.に基づき著者がまとめた.複雑に思えるが,mRNA(あるいはrRNAtRNA)が完成する過程で失われてしまう部分のことである.

2) DDBJ/GenBank/EMBL accession number BA000009に基づき著者が作成.

3) Masel K., et al. 2016. Mitochondrion 28:23-32.

4) DDBJ/GenBank/EMBL accession number Z00044.

5) Dujon B. 1989. Gene 82:91-114.

6) Chapdelaine Y and Bonen L. 1991. Cell 65:465-472.