細胞質雄性不稔の原因はミトコンドリアにある
1.はじめに
被子植物の多くは、ミトコンドリアも色素体も母性遺伝である.従って、母性遺伝する形質がどちらかに
コードされる可能性があって、これを調べたいとき、交配による遺伝的分離は期待できない.ここでは、細
胞質雄性不稔性(CMS)がミトコンドリア支配であることを示す有名な研究の概略を紹介する.引用文献が
網羅的ではないこと、記述の細部を省略していること、および他植物種については触れていないことに注意
されたい.こうした事柄に興味のある方には関連する文献を読むことをおすすめする.
2.トウモロコシT型CMS
トウモロコシT型細胞質保持個体は、雄性不稔に加えていくつかの形質を発現する.その一つは、Southern
corn leaf blight(ゴマ葉がれ病)のあるレースに対する特異的な罹病性である(Duvick and Noble 1978; Braun
et al. 1990).このレースはT型細胞質保持個体を特異的に侵し、その他の細胞質を持つトウモロコシではほ
とんど問題にならない(http://www.naro.affrc.go.jp/org/nilgs/diseases/contents/corn-SCLB.htm).このレー
スは、ある化合物(T毒素)を産生しており、これが特異的罹病性に大きな役割を果たしている.ゴマ葉が
れ病レース特異的罹病性とCMSについて、以下のような関係が明らかになっている.第一に、たとえ由来が
異なる細胞質であっても、これまでにT型に分類されたものは全て両方の形質を発現している(Laughnan
and Gabay-Laughnan 1983).第二に、T毒素で細胞選抜を行い、非感受性となった再分化個体はいずれも雄性
不稔にはならない(Laughnan and Gabay-Laughnan 1983).さらに突然変異により稔性が復帰した個体も、特
異的罹病性を発現しない(Levings and Siedow 1992).そのため、両形質は遺伝的に不可分で、共通の遺伝因
子が引き起こす多面発現ではないかと考えられた.
Gregory et al. (1977)によれば、T毒素に曝した植物器官やプロトプラストにおいて、細胞の微細構造レベル
における最初の異常はミトコンドリアに現れるという.さらに、単離ミトコンドリアを用いた生化学的な解析
によれば、T型ミトコンドリアはT毒素に対して様々な反応を示す(Gregory et al. 1977).これは、T型に特異
的で、他の細胞質由来のミトコンドリアでは見られないという.一方、単離色素体においては、T毒素の影響
は見られなかった.そのため、ゴマ葉がれ病感受性は色素体ではなくミトコンドリア支配であろうと考えられ
るようになった.
ミトコンドリアDNAの構造解析を行うと、T型ミトコンドリアDNAは雄性不稔を引き起こさない(N)ミト
コンドリアDNAと構造が大きく異なっていた(Leaver
and Gray 1982).これに対し、色素体DNAは両者でほ
とんど同じであった.加えて、単離ミトコンドリア中で翻訳されるタンパク質は、T型とN型で異なる(Leaver
and Gray 1982).これより、T型ミトコンドリアDNAに原因遺伝子があると考えられた.そこで、T型ミトコ
ンドリアに固有の転写産物をコードするミトコンドリアDNA領域の探索が行われ、見つかった遺伝子がurf13-T
であった(Levings and Siedow 1992).urf13-Tは、リボソームRNA遺伝子とその周辺領域に相同性を持つ塩基
配列が組み合わされてできた新規のタンパク質コード領域である.urf13-Tの翻訳産物も確認された(Levings
and Siedow 1992).その後、urf13-Tを形質転換した大腸菌、酵母、およびタバコはT毒素に感受性を示すこと
が明らかにされた(Levings and Siedow 1992; Chaumont et al. 1995).従って、ゴマ葉がれ病レース特異的罹病性
の原因となるミトコンドリア遺伝子は、urf13-Tであるといってよいだろう.このことは、ゴマ葉がれ病レース
特異的罹病性が雄性不稔性と遺伝的に不可分なら、 urf13-TがCMSの原因遺伝子でもあることを示唆している.
これは、T型CMSの葯における形態異常が、まずミトコンドリアに現れるというデータ(Warmke and Lee 1977)
とも一致している.
urf13-T と雄性不稔性の関係は、稔性回復遺伝子(Rf)の作用や突然変異体解析からも支持された.トウモロ
コシT型CMS個体は、2つのRf(Rf1およびRf2)が揃うと稔性回復する(Duvick 1965).Dewey et al. (1987)に
よれば、Rf1を保持する個体では、urf13-T 転写産物のサイズが変化すると同時に、翻訳産物の量が著しく減少す
る.さらに、組織培養を経て出現した稔性復帰突然変異体(T毒素非感受性でもある)において、urf13-Tが失
われているか、フレームシフトを起こしていることがわかった(Wise et al. 1987).以上のように、urf13-TがCMS
の原因であるとしても大きな矛盾はない.
このような議論に対し、Levings and Siedow
(1992)は以下のような問題を指摘している.T毒素はT型ミトコン
ドリアに特異的に結合するのだが、その割合はミトコンドリアタンパク質1mgに対して20 pmolである.一方、
Rf1を保持するとurf13-T翻訳産物は80%減少するが、稔性回復個体のミトコンドリアタンパク質1mgに対して
T毒素は15 pmol結合し、これはurf13-T翻訳産物の減少量と合わない.この理由はわかっていない.
実際、Rf1があってもT毒素の効果はわずかしか変わらない(Gregory et al. 1977).CMSを利用したハイブリッド
コーン品種は子実を収穫するためにRfを持たせるのだが、1970年に米国ではT型CMSを利用したハイブリッド
コーンにゴマ葉がれ病が大発生した(Duvick and Noble 1978).そうなると、Rf1はurf13-Tの発現を変更して稔性
回復させるものの、ゴマ葉がれ病レース特異的罹病性にはほとんど効果がないということになる.
3.ペチュニアCMS
交雑によらないCMS導入を目的として、ペチュニアの正常系統とCMS系統を用いて、体細胞雑種が作成され
た.得られた多数の個体を開花させると、雄性不稔か、正常であった(Izhar et al. 1983).よって、これらの個体
ではCMSの原因となる遺伝因子が分離している可能性が高い.CMSは母性遺伝であるから交配では分離しない
ため、このような材料は貴重である.
通常、体細胞雑種を作成すると、細胞融合の直後は両親由来の色素体とミトコンドリアが一つの細胞内に同居す
るヘテロプラズミーであるが、細胞分裂、器官再分化、あるいは世代を経ることでホモプラズミーが促される
(Guo et al. 2004).ホモプラズミー化した再分化個体において、色素体DNAは、両親のどちらか一方のタイプを
保持し(Guo et al. 2004)、組み換え型はほとんど見られない.一方、ミトコンドリアDNAは、両親の組み換え型
や、再編成を受けたものになり、どちらか一方のタイプがそのまま見つかることはまれである(Guo et al.
2004).
このことを踏まえると、体細胞雑種の色素体DNAやミトコンドリアDNAを調べると、雄性不稔形質の分離を説明
できるような遺伝子が見つかると期待できる.
まずは色素体DNAであるが、雄性不稔の体細胞雑種が正常系統と同一のタイプを保持する例、および正常な体
細胞雑種がCMS系統と同一のタイプを保持する例が見つかった(Clark
et al. 1985).よって、色素体DNAは雄性
不稔の分離とは独立であり、色素体に原因遺伝子が存在する可能性は低い.一方、ミトコンドリアDNAは非常に
複雑であるが、雄性不稔個体には共通に見つかるが正常個体からは見つからない領域が存在する(Boeshore et
al.
1985).この領域の塩基配列分析により、pcfと名付けられたミトコンドリア遺伝子が発見された(Young and
Hanson
1987).pcfのコード域は、atp9部分配列、cox2部分配列、および由来不明配列で構成されている(Young and Hanson
1987)(すなわち、pcfとurf13-Tは全く異なる遺伝子である).pcfの翻訳産物が検出され、しかもRfにより蓄積量
が減少することがわかった(Nivison and Hanson 1989).
4.まとめと注意
以上のような、形態学、生理学、遺伝学、あるいは分子生物学的なデータは、CMSの原因がミトコンドリアにある
ことを示している.そのため、最近ではCMSを研究するにあたって最初からミトコンドリアのみを解析対象とする
傾向にあり、それで目的を達成している例も多い.ただし、まれではあるが、CMSの原因がミトコンドリアでも色素
体でもないとする報告がある(Pfeiffer 1998)ので、注意が必要である.
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