森林環境修復へのアプローチ

変動環境下(温暖化や酸性沈着量の増加する環境)での森林生態系の修復を行うための基礎データを実験生態学の視点から収集している。ここでは現在までに取り組んできた特殊土壌、カラマツ不成績造林地、熱帯降雨林での事例を紹介する(北大FSC 2006)。どのレベルへ再生(restoration)するのか。しかし再生は難しい。修復(rehabilitation)から始めたい。

どのレベルへ修復するのか?

平成19年度の造林学受講生の皆さんの意見を紹介する;

  1. どのような水準へ?−元のレベルの水準は維持できないが(下左図)、同じような破壊が生じないように予防策をたてる。
  2. どの様に(大きく環境が変化しているので)修復作業を急ぐのではなく、モニタリングにより、当初の目的に固執せず「柔軟な山造り」を行う。経済効率と合意形成が必要。
  3. 生物多様性(遺伝子・種・生態系レベル)の保全には注意する(下右図)。侵入種の問題を留意すべき。修復には郷土種を用いる。
    修復の目標.jpg         多様性3レベル.jpg
    現実的な修復への道筋は?(改作:保全生物学)  留意すべき生物多様性の原点−3つのレベル−
    【参考文献】

山火事跡の再生

(詳細記事は研究紹介の「森林生理生態」研究の記事:小林真?著を参考に);
2004年、ロシア共和国・アムール州の州都、ブラガベシェンスクにある極東農業総合大学(Far East State Agriculture University; FESAU)との連携研究が寺澤実名誉教授によって開始された。FESAUはロシア極東部(ハバロフスク、マガダン、サハリン、アムール、カムチャツカ、沿海州)の農林関係の指導者を輩出してきた。
ブラガ葉むしり.jpg:       ブラガキャンプ.jpg
ロシア研究者と生産力の調査               野外研究の食事は息抜き(ボルシチは最高!)

この大学が窓口となり、環境省地球環境研究推進費(森林総研からの受託)・日本学術振興会の予算を利用して、これまでの知識を収集し、山火事跡の森林再生研究を進めてきた。しかし、設定した試験地が翌年にはまさに山火事によって消失するなどのアクシデントが有ったにもかかわらず、北方生物圏フィールド科学センターの佐藤冬樹・吉田俊也・笹 賀一郎氏ら同僚とともに、小林真?(Makoto, K.)氏(現在;日本学術振興会特別研究員)の不屈の精神・好奇心によって天塩研究林を中心に、本邦初の巨大操作実験へと展開している。野村林長の英断、高木氏の好奇心そして高度な技能を有する技術職員と森林技術補佐員の指導のもと試験地が設置された(写真は小林氏による)。なんと言っても延焼が無かったことに感謝! 今後の展開に、乞う期待!!
防火線.jpg:     火災処理.jpg
天塩研究林無名沢試験地での実験設計       火災処理中。24時間管理体制1週間(070710小池撮影)。

なお、ロシア・アムール州とサハ共和国での研究に関する中間報告書(笹・波多野代表の文科省CTC(=core to core)project,環境省・科研)は、北大研究林とロシア最大規模の森林研究所である姉妹校・V.N.Sukachev森林研究所が中心になって刊行しているEurasian Journal of Forest Researchの第10巻1号として2007年3月に出版された。

【参考文献】
Zyryanova, O.A., Yabarov, V.T., Tchikhacheva, T.L., Koike, T., Makoto, K., Matsuura, Y., Satoh, F., and Zyryanova, V. I. (2007) The structure and biodiversity after fire disturbance in Larix gmelinii (Rupr.) Rupr. forests, northeastern Asia. Eurasian Journal of Forest Research 10: 19-29.

Makoto, K., Nemilostiv, Y.P., Zyryanova, O.A., Kajimoto, T., Matsuura, Y., Yoshida, T., Satoh, F., Sasa, K. and Koike, T. (2007) Regeneration after forest fires in mixed conifer broadleaved forests of the Amur region in Far Eastern Russia: the relationship between species specific traits against fire and recent fire regimes. Eurasian Journal of Forest Research 10: 51-58.

蛇紋岩土壌地帯の修復

北方森林保全学講座・天塩研究林での研究にて博士号を取得したOB香山雅純氏の業績を中心に紹介したい。天塩研究林では開設以来3度の山火事を受けた。研究林では文部省の補助金によって「中の嶺」試験地に1980年代から15年間かけて約52万本の樹木を植栽した。ここを対象にアカエゾマツによる生態系修復を進めている(香山2006)。古くから蛇紋岩土壌にはアカエゾマツが優占していることは指摘されてきたが、トウヒ属8種を基礎に最適な生態系修復の材料に科学的根拠を与えた(Kayama et al. 2005,2007, 香山2006)。貧栄養である蛇紋岩にはさらにニッケル(Ni)、クロム(Cr)、マグネシウム(Mg)等の重金属を含んでいるため、過剰に取りこむと毒性がある。
天塩空中写真.jpg   中の嶺筋刈.jpg   Niアカエゾ根.jpg
「中の嶺」試験地の地拵え(空中写真)        ササ抑制用の筋刈り地拵え           Niを取りこまない・外生菌根菌?!

外生菌根菌は貧栄養条件で、宿主から光合成産物を受け取る代わりに、通常不足しがちで土壌に強く吸着されているリンを根が入り込むことができない場所からも供与できる(下図左)。しかし、深刻化する酸性沈着量は1997年頃の約3.5kgN/ha年から約7.0kgN/ha年へ増加してきた(柴田らの一連の研究)。現在、北海道庁が推奨するグイマツ雑種F1(通称グリーム)とアカエゾマツを対象に、窒素沈着量が増加する環境に対する応答研究(Choi et al. 2005)へ着手した(造林学専攻生・笠小春氏)。

外生菌根菌モデル図.jpg          アカエゾ蛇紋岩.jpg        林間苗畑.jpg
宿主と外生菌根菌の模式図        アカエゾマツ苗木の根(香山雅純氏撮影)       天塩研究林・林間苗畑試験地

【参考論文】

不成績造林地の再生

北大苫小牧研究林のカラマツ人工林で実施された北岡哲氏の博士論文「カラマツ不成績造林地に侵入した落葉広葉樹雅樹の環境応答に関する研究」から紹介しよう。人工林の機能と銘木生産の項目でも述べたが、雑木とされる広葉樹を伐って(単位面積当たりの)生産力の高いカラマツを本州・長野県から移植した。北海道には元来生育していなかった樹種(カラマツ属のグイマツは化石が産出するが)の導入は、多くの病虫獣害を引き起こした(*)。 昨今、皮肉なことに針葉樹一斉林から混交林への改変が期待され、侵入した落葉広葉樹(以下、広葉樹)に銘木生産への期待が高まっている。そこで、かつては除伐の対象であった広葉樹を育成するための基礎資料を葉のフェノロジーと光合成機能から収集した。
フェノロジー機能.jpg マレッセント.jpg
葉の時空的配列の模式図(シウリザクラの例)                マレッセントの例(クラーク像横のアカナラ)

通常、窒素は森林では不足しがちな「生産環境資源」であるが、葉のフェノロジーに特徴のある4種の光合成速度の研究から、個葉レベルではあるが、稚樹は窒素を巧妙に利用していることが解明された(Kitaoka and Koike 2004、2005)。光合成能力とは、個葉光合成機能の時空的配置によって決まる(上左図)。落葉針葉樹一斉林であることから上層木による光環境には、開葉時期の遅い樹種(ハリギリ、ヤチダモ、ホオノキ等)によってもたらされる林冠の季節ギャップ(清和 2005)の影響は無視できる。従って、生理機能は樹種固有の反応と考えることができる。シウリザクラは上層木の開葉前に葉が開き春先に直達光を利用して光合成生産を営む。サワシバでは上層木が落葉してからも緑葉を着けていて霜が降りるまで光合成作用を営む。しかも枯葉を次年の開葉まで着けて冬芽を保護するマレッセント(Marcescent)現象を示す(上右図)。ギャップ周辺に生育するホオノキでは開葉が遅く落葉は早いが光合成速度は高い。上層木の開葉前と開葉後の光が林床へ届く時には、葉中の窒素は光合成タンパク(Rubisco)へ多く分配され、開葉後、集光部位へ分配される(下左図)(Kitaoka and Koike 2004)。一方、林床はCO2濃度が朝晩は高く、樹冠上内部では光合成作用によって低い値を示した(下右図)。この傾向は、伐採のために樹冠部に十分光が当たるようになると、より明瞭になった。これらの生理生態情報を基礎に、伐採などの方法を高度化する。また、冬山造材による人為攪乱と窒素沈着の影響は、どの程度であるのか調査を継続中である。
窒素分配.jpg 苫カラCO2.jpg
シウリザクラ個葉の窒素分配                   カラマツ人工林の伐採前後のCO2濃度イソグラム

熱帯林での事例

この研究は、荻野和彦・二宮生夫氏(愛媛大学)と中静透氏(東北大)のプロジェクトへの参画によって実現した。文科省の新プロ(佐々木恵彦代表・小島克己事務局長)とCRESTの支援によって実現した。長きに渡って原木を輸出してきたマレーシア連邦・サラワク州では、天然生林も極端に減少してきた。その修復事業が文科省「新プロ」として取り上げられた。サラワク森林局・同林業試験場と協力して、ブルネイ・ダムサール国近くの焼き畑跡地にBakam試験地を設け再生事業を行っている。
土壌はコシダやPitcher plant(食虫植物)、Melastoma(ノボタンの一種)が優占する酸性・痩せ地(櫻井克利2004)であり(下図左)、その修復には、植栽方法としてPatch & Corridor方法が採用され(下右図)、群状択伐跡を筋刈りによって結び、そこに郷土種を植栽する方法によって自然淘汰後の成長を待っている。     &ref(): File not found: "" at page "森林環境修復";                                  &ref(): File not found: "" at page "森林環境修復"; Bakam試験地と下層植生                          Patch & Corridor方法

しかし、試験地は「ヤせ地」である。リター分解が速く、豪雨によって洗い流されるため栄養塩に乏しい土壌にも生育する樹種の選択は難しい。しかし、東南アジアを代表するフタバガキ科樹木の成長は共生菌類によって支えられているので、ポット植えによって生産される苗木を山出しする前に、苗畑において外生菌根菌を自然感染させる方法を採用した。「土着菌類との戦い」もあり、克服すべき事は山積みであるが自然再生技術へ一歩近づいた。極限環境で生きる植物の巧妙な「仕組み」を1つでも「模倣」することを目標としたい。
工事中
【参考論文】


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森林環境修復 のバックアップ(No.10)