オゾンに対する樹木の応答

 光化学オキシダントの主成分であるオゾンは植物に対する毒性が高いガス状大気汚染物質であり,欧米や日本における森林衰退への関与が指摘されています。大気モデルで推定した将来予測によると, 2025年には日本北半球の広い範囲で日本の環境基準値である60 ppb超えるオゾン濃度が推定されています。したがって, 人類の生存基盤である森林と樹木に対するオゾンの悪影響が, 近い将来においてさらに深刻化する可能性は非常に高いと考えました。また、植物に対するオゾンの影響程度は植物の生育環境に大きく影響を受けると言われています。そのような背景を元に、私は主に樹木に対するオゾンの影響について、土壌の水分や養分状態などの違いに関連させて、以下のような研究を行ってきました。

「ブナ苗の葉内活性酸素消去系の物質含量と酵素活性に対するオゾンと土壌水分ストレスの単独および複合影響」

 大気中のオゾン濃度が高くなる春から夏にかけては土壌が乾燥しやすい時期であり、森林を構成する樹木はオゾンと水ストレスの複合的な影響を受けている可能性があります。しかしながら、我が国の樹木に対するオゾンの影響に関する知見はきわめて限られており、オゾンと水ストレスの複合影響はまったく明らかにされていませんでした。そこで我が国の代表的な落葉広葉樹であり、その衰退が問題となっているブナを供試樹木として、樹木の成長を決定する最も重要な生理機能である葉の光合成活性に対するオゾンと水ストレスの単独および複合影響を研究しました。自然光型気象室において浄化空気を導入した処理区と60 ppbのオゾンを一日7時間暴露した処理区の2処理区を設け、それぞれのガス処理区において3日に1回250 mlの潅水を行った土壌湿潤区と土壌湿潤区の70%にあたる175 mlの水を同じ頻度で灌水した水ストレス区を設定し、合計4処理区でブナ苗の育成を行いました。2成長期に渡る処理の結果、純光合成速度に対してオゾンと水ストレスの有意な相殺影響が認められ、水ストレス条件下ではオゾンによる純光合成速度の低下が抑制される事が明らかになりました。その原因として、水ストレスに起因する気孔閉鎖によってオゾンの吸収量が低下したことと、活性酸素消去反応において重要な役割を果たす抗酸化物質であるグルタチオンの濃度が水ストレスによって増加し、それがオゾンに起因する活性酸素の消去に対して有効に働いた事が示唆されました。それまでに欧米で行われた、オゾンと水ストレスの複合影響に関する研究では、水ストレスによる気孔閉鎖がオゾン害の軽減要因であると考えられてきましたが、葉内におけるオゾンに起因する活性酸素の解毒能力が、水ストレスによって変化する事を指摘した点が本研究の重要な点であると言えます。

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「異なる窒素負荷量で育成した日本の森林樹種6種のオゾンに対する成長応答」

 近年、化石燃料や農業における肥料の消費量増加に伴って、人為起源の窒素放出量の増加しています。その結果、大気から森林生態系への窒素沈着量の増加も指摘されています。窒素は植物体内において様々な生理・生化学的反応に関与する元素であるため、窒素沈着量の増加は植物のオゾン感受性を変化させる可能性があります。もし、窒素沈着によって森林を構成する樹木のオゾン感受性が変化するのであれば、地域による窒素沈着量の違いが、森林におけるオゾンのリスクの過大あるいは過小評価を引き起こす要因になってしまいます。しかしながら、窒素沈着量の違いが樹木の成長や生理機能のオゾン感受性に与える影響はほとんど明らかにされていません。したがって、窒素沈着の影響を考慮にいれたオゾンのリスク評価を行うことはできないのが現状です。そこで、日本の代表的な6樹種のオゾン感受性に対する土壌への窒素負荷の影響に関する研究を行いました。 各樹種の育成とオゾン処理および土壌への窒素負荷は天井に開口部をもうけたオープン・トップ・チャンバー内で行いました。ガス処理として、浄化空気区と野外のオゾン濃度の1.0倍、1.5倍および2.0倍となるようにチャンバー内のオゾン濃度を制御した処理区の合計4処理区を設けました。窒素処理区として、土壌への窒素負荷量が年間1ヘクタールあたり0(N0)、20(N20)および50 kg(N50)となる3処理区を設けました。そしてガス処理と土壌への窒素処理を組み合わせた合計12処理区を設定しました。2成長期に渡るオゾンおよび土壌への窒素処理の結果、個体乾物成長のオゾン感受性に与える窒素負荷の影響は樹種によって異なることが明らかになりました。土壌への窒素負荷によって、ブナの個体乾物成長のオゾン感受性は高くなりましたが、逆にカラマツのそれは低くなりました。なお、コナラ、スダジイ、アカマツおよびスギの個体乾物成長のオゾン感受性は、土壌への窒素負荷の影響を受けませんでした。供試した6樹種のオゾン感受性を決定する要因を解析した結果、6樹種の個体乾物成長のオゾンによる低下程度は、純光合成速度と葉面積の積として表される、個体あたりの純光合成速度のオゾンによる低下程度を反映しており、その関係は樹種によらず一定であることが明らかになりました。

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「日本の森林樹種に対するオゾンのリスク評価」

 上記研究の発展系として、実験的研究の結果と環境省による環境モニタリングや植生調査、そして林野庁が行っている森林資源の現況調査などの統計データに基づいて、日本に生育する樹木に対するオゾンリスクの、GISを用いた地図化およびその解析に取り組みました。解析により、オゾンのリスクが高い地域はオゾン濃度が高い地域と必ずしも一致せず、その原因として樹種によるオゾン感受性の違いが挙げられました。またブナにおいては、上述の窒素沈着の違いに伴うオゾン感受性の変化も重要な要因であると考えられました。

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開放系オゾン付加実験

 オゾンのリスクを評価する際には、オゾン感受性の樹種間差異が重要な要因であることが、明らかになっています。しかし、これまでに行われてきたオゾン感受性の評価は、上記も含めて、人工気象室やオープントップチャンバーといったいわゆるチャンバー実験で行われてきました。チャンバー実験はオゾンの濃度制御がしやすい、条件の均質性といった点で優れています。しかし周囲が囲われているため気象条件が野外と異なる事、実際の森林では日常的にみられる病虫害が存在しない事などから、チャンバー実験で得られた結果の野外への適用には大きな不確実性を伴います。  それらの不確実性を低減するために、北海道大学札幌研究林において開放系オゾン付加システムが設置され、樹木に対するオゾン付加実験が2011年から行われています。高さ5 m(一部の部分に関しては2013年に3 m延長)のシステム内には2003年に植栽された10年生(2011年の実験開始当時)のブナとミズナラ幼木と、2011年に新たに植栽された3年生のシラカンバが生育しています。

1. オゾンに対するブナとミズナラ個葉の光合成応答  これまでの実験から、ブナはオゾンの悪影響を受けやすい樹種、ミズナラは受けにくい樹種として評価されておりますが、光合成応答の観点から、感受性比較を改めて行いました(Watanabe et al. 2013)。その結果、開放系システムにおいても、ミズナラに比べてブナではオゾンによる光合成の顕著な低下が認められました。また、ブナの光合成速度の低下は気孔閉鎖ではなく、葉緑体における生化学的な活性の低下が要因であることが明らかになりました。

2. ブナ葉群のCO2収支に対するオゾンの影響  本試験地のブナでは樹冠が十分に発達しているため、樹冠内に光の勾配ができ、それに葉の光合成特性が順化しています。つまり陽葉と陰葉が明確に分かれています。このような葉の特性の違いはオゾン感受性に影響するのでしょうか?この疑問を明らかにするため、異なる高さの葉における光合成活性の調査を行い、さらに群落光合成モデルを用いて葉群としての炭素収支を一成長期間計算しました。その結果、オゾンによる光合成能力の低下と呼吸速度の増加の両方によってブナ葉群のCO2吸収量は低下すること、葉群CO2吸収の低下への光合成低下と呼吸上昇の寄与割合は季節によって異なる事が明らかになりました。

 その他に、オゾンによって、明条件から暗条件に移した時に気孔が速やかに閉じなくなるという気孔応答の鈍化や、オゾン吸収量の推定モデルの改良、気孔の最適化モデルの適用に関する成果が得られています。

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渡辺誠/オゾンに対する樹木の応答 のバックアップ(No.9)