モエジマシダのヒ素耐性に関する研究

ヒ素汚染地下水を飲用水や潅漑水として利用することが世界中で問題になっている。有害元素汚染水や汚染土壌を浄化する手段として、当該元素超集積植物に収奪させる技術(ファイトレメディエーション)があるが、ヒ素超集積植物はPteris属シダとその近縁種でしか見つかっておらず、栽培環境が限られるなどの問題がある。そこで、本研究はモエジマシダ(Pteris vittata)の持つヒ素超集積機構を明らかにし、将来的に超集積能を持つ高等植物を作出することを目指している。酸化状態である一般の土壌では、植物が吸収するヒ素の形態はほとんどが五価の無機ヒ酸(As(V))である。無機ヒ酸はリン酸と構造が非常に類似しているため、リン酸トランスポーターによって細胞内に取り込まれ、ヒ酸還元酵素により反応性の高い亜ヒ酸(As(III))に還元される。この毒性の強い亜ヒ酸を無毒化するために高等植物はグルタチオン(GSH)、ファイトケラチン(PCs)といった低分子チオールの合成を高め、亜ヒ酸と結合させると考えられている。さらに、ヒ素が引き起こす酸化ストレスを回避するため、アスコルビン酸-グルタチオンサイクル、グルタチオンパーオキシダーゼサイクル、カタラーゼなどの抗酸化反応が高まることが知られている(図1)。



図1. 高等植物のヒ素吸収・耐性メカニズムの模式図

このように低分子チオールが高等植物ではヒ素耐性に重要な役割を持つことが明らかにされているが、モエジマシダのヒ素耐性・超集積におけるチオールの寄与については明確な結論が得られていない。そこで、モエジマシダのヒ素耐性とチオールおよび硫黄栄養の重要性を明らかにすることを目的とした研究を行っている。まず、葉状体におけるヒ素の分布をチオール化合物(GSH、PC)と比較したところ、両者の分布はほぼ一致した(図2)。すなわち、葉状体の先に行くほど、先端の羽片では縁に近いほど含有率が高かった。そこで、ヒ素に対するチオールの比率を調べるために、細片化した各葉状体の部位におけるヒ素含有率とチオール含有率の相関をとったところ、その比率はヒ素とチオールが結合した場合の理想値とほぼ一致した(図2、ヒ素:SH = 1:3)。 ヒ素集積能の低いセイヨウタマシダ(Nephrolepsis exaltata)とモエジマシダを比較すると、ヒ素によるチオール合成の誘導はモエジマシダでのみ認められた。さらにモエジマシダにおけるチオール合成誘導を詳しく調べたところ、この誘導はヒ素ストレスが引き起こす酸化ストレスが二次的に引き起こすものではなく、ヒ素自信が直接引き起こすことが明らかとなった。γ-glutamylcysteine(γEC)synthetase はGSH や PC合成のキーエンザイムである。二つのγEC synthetaseをコードすると推定される遺伝子をモエジマシダからクローニングした(PvECS1PvECS2)。このうち、地上部におけるPvECS2 の発現は、培地にヒ素添加後48時間で上昇し、この増加はγEC および GSHの地上部における含有率上昇とほぼ一致した(図3)。さらに、地上部におけるヒ素集積はこの増加が起こった後に開始された。これらの結果は低分子チオールがモエジマシダのヒ素超集積に関与することを強く示唆するものであり、これらの合成を高めることが他の植物にヒ素超集積能を付与するための遺伝子改変等にも有効であることが予想される。



図2. モエジマシダ葉状体におけるヒ素、GSH、およびPC2集積の比較。 (a) ヒ素、GSHおよびPC2の局在; (b) ヒ素含有率とチオール(GSH+PC2)含有率の相関。回帰直線はヒ素含有率 < 20 µmol g-1のサンプルを用いて計算。

 



図3. モエジマシダ葉状体におけるヒ素処理後のヒ素、γEC、GSH含有率およびPvECS1とPvECS2 の相対発現量の変化。(a) ヒ素; (b) γEC; (c) GSH; (d) PvECS1(●)およびPvECS2(○)の相対発現量。葉状体はヒ素添加後0、0.5、1、5、12、24、48、および72時間後にサンプリング。遺伝子発現はelongation factor-1b mRNAの量に対する相対値として示した。

以上の結果はモエジマシダの体内でヒ素が低分子チオールと結合し、無毒化されていることを強く示唆するものであった。しかし、兵庫県にある大型放射光施設Spring-8(図4)でモエジマシダの葉状体と根に含まれるヒ素の形態を調べたところ、根ではフリーのAs(V)が優勢、葉状体ではほとんどがフリーのAs(III)であり、Sに結合したヒ素はほとんど存在しなかった。このことから、少なくともヒ素集積時に低分子チオールはヒ素の無毒化には関わっていないことがわかる。しかし、ヒ素の輸送時や酸化ストレスの軽減時に低分子チオールが必要とされている可能性もあり、現在、モエジマシダの硫黄栄養とヒ素耐性の関係を様々な視点から調査中である。(つづく)




図4. 兵庫県にあるSpring-8
施設内は非常に広く、建物内でも長距離の移動は自転車を利用する。



図5. XANESによるモエジマシダ体内でのヒ素形態の調査結果

(おまけ)
このモエジマシダのヒ素耐性に関する研究では、㈱フジタと共同研究で北大創成科学共同研究機構の同位体顕微鏡を用いた研究も行っている(図6)。おもしろい結果も出てきており、いずれ学会等で報告できそうである。



図6. 北海道大学創成科学共同研究機構にある同位体顕微鏡
同位元素の3次元分布をイメージングにより可視化できる

 

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