Viva! スロベニア
僕たちの研究に近接する消化管微生物の国際会議は4つある。一番歴史のあるのがシカゴ会議(奇数年に隔年開催)、次がRowett/INRA(英仏)会議(偶数年開催)、我らが日韓中ルーメンシンポ(奇数年開催)、そして今回招待された嫌気性微生物シンポ(奇数年開催)である。このシンポはチェコ、スロベニア、スロバキアとポーランドの中欧4カ国で持ちまわりで開催し、若手に口頭発表の機会を与えてきている。彼らの努力で今回はFEMS(欧州微生物学会)協賛のお墨付きが得られた。僕の招待費用もFEMSに財源を発する。そういう意味では本当におめでたい!部門主任や専攻主任の雑務(2007年度)から逃避できることもあって、この欧州行きを喜んで受諾した。
6月20日
長い旅路
5:30に起床、6:00に手稲のアパートを出る。7:50千歳発ANAの成田行き。成田ではこれから学会で会う人たちにお土産(飾りマグネットや風呂敷などの小物)を仕入れる。11時半すぎのフランクフルト行きに乗る。めざすはスロベニアの首都リューブリャーナ。初めての国へ行く時はいつもわくわく感がある。かくして機上の人となった。
長距離フライトの一番の楽しみは機内ムービー。最近はプログラムが豊富すぎて何を見るかでさっそく悩むことになる。英語に耳を慣らすのにも重宝。ロッキー・ザ・ファイナル(原題:Rocky Balboa)を2回みた。ロッキーは学生時代の思い出の映画だ。まさか30年近くたってまだ続編やってるなんて思わなかったけど。結構クサいけど、こころに響くセリフがある。「肉体は歳をとるけど、心は歳をとらない」とか・・・この歳できくと響きすぎるわ・・・とにかくロッキーが息子に説教する場面ばかりが記憶に残っている。自分の息子に説教するときに台詞を覚えておきたい。最後にロッキーが息子に一言。Keep moving forward!
フランクフルトではのりかえの電光掲示板に自分のフライトがない。こまったな。インフォで聞くとフライト名が変わったとのことでひと安心。コインでインターネットやるがめちゃ高くて10分程度で3ユーロ(500円)消費。のりついだアドリアン航空は86人乗りの小型ジェット。なんとサービスでビジネスクラスをゲット。アルプス越えをやる。かなり乱気流があったが、眼下にすばらしい風景がひろがった。
空港には旧友のRomana(2001年冬に栄養ラボに2週間滞在)が旦那さんと車で迎えに来てくれていた。旦那さんの「どこかで夕食でも」という誘いを丁重にお断りしてTILIAホテルにチェックイン。とにかく成田から計4食も機内食を出されたので何も食う気がおきない。シャワーをあびベットに入る。
アドリアン航空ビジネスシートをゲット ホテル前からのアルプスの遠望 滞在したホテルTILIA
6月21日
初日
いつものように時差ぼけで、わずか3時間で目覚める。あとはベット上の静養とする。7時に腹ペコでおきる。機内食の残りのパンにマーガリンをぬって食する。8時半からホテルの食堂でバイキング朝食。パン、ハム(うまい!)、チーズ、ヨーグルト、オレンジシューズと入れたてのコーヒー。クレマたっぷりのコーヒーはこの滞在中毎朝の楽しみとなった。11時半に昨日教えてもらった大学まで歩く。約15分。小川の流れる小路をここちよい散策。ここは農学部キャンパスのみなのでそのへんの人にRomanaの名前を言えばオフィスまで案内してくれる。Romanaの関連ラボ(地下と1、2階)をみせてもらった。例にもれずルーメンから大腸研究へシフトしつつある。予算獲得のためにはしょうがないだろう。それにしても女性の机はきれいだ。花なんか飾ってある。応接ソファまで物置と化しているわが教授室は恥ずべきだ。
ホテルへ戻り、Romanaと彼女の客人でありシンポジストでもあるフローニンヘン大学(オランダ)のKoninx教授と3人でスパゲティの昼食。そよ風のここちよいホテルの裏庭のパティオで食事と会話を楽しんだ。夕方まで自由時間なので講演の準備をする。18:30にRomanaの大学院生Tadejが車で迎えに来た。大学へいき学会registrationをすます。ナップサックと学会講演要旨をもらう。ついでに講演会場で自分のパワポを試写してみた。案の定、化け字がある。20分ほどかけて直す。そのあと会場外のローンで軽食、ワインとHarry Flint(英国)ら色んな知人との再会を楽しんだ。基調講演はそのHarryから。「健康と疾病における腸内菌叢のかかわり」についての総説。帰りはみんなと月光の下をホテルまで歩いて帰った。
リューブリャーナ大学バイテク学部前 Romanaのラボ(DGGEが2台) 学会事務局の人たち(ごくろうさま)
6月22日
自分の出番
今日は午前中がshort talkで「未培養菌群U2」について、午後は招待講演で「Fibrobacterの生理・生態」について話す。6時半におきて軽く練習。しっかり朝食をとって出陣。
午前中は「嫌気性菌の多様性」のセッション。Erwin Zoetendal(オランダ)の招待講演から始まる。Erwinは北大の創成研のシンポ(2006年2月)に来てもらっている知己だが、うちの小池助教のイリノイでのポスドク仲間で親友でもある。いつもながら網羅的な腸内菌叢解析研究成果に圧倒される。テキサスのRobin Andersonによる家禽腸内からの特殊細菌の単離につづいて自分のshort talk(15分)になる。後藤君(昨年M2)と小池さんの成果である新規繊維付着菌群U2についてしゃべる。植物片に付着した画像が注目を浴び、それにかかわること(Erwin)となぜこの菌群が今まで見つからずにきたのか(Harry)について問われた。Harryはまさにいいところをついてくる。想定されていたことなので私見を述べた。16S解析術が進歩したおかげでどこかの誰かがすでに分離しているのにまた脚光を浴びていない(名前のついていない)菌が沢山あるに違いない。分離にはげむ一方で、既存コレクションの整理もまた必要である。この点を指摘すると、Harryも大きくうなずいていた。
入り口に招待講演の案内ポスター 講演会場 全員で記念写真
ランチは大学キャンパス内のレストランで。豚肉の塩漬けをてんぷらにしたようなおかず(ポークはスロベニアの名産らしく歯ごたえのあるおいしいもの)、ふかしたジャガイモ、スープとジュース。ポーランドのMichalawskiやその学生たちと同席した。彼は来年退職らしい。いまでもプロトゾアの仕事を頑張って続けている。一緒に写真におさまる。
午後は僕の招待講演からはじまる「重要嫌気性菌の遺伝、生化学、生理学」のセッション。ここでは35分使って真貝君(去年D3)の仕事を主に紹介した。Fibrobacterの菌株収集、分類、分類群ごとの生態と生理について持論を展開した。ここではまたもHarryから「基準株S85よりお前たちの菌株のほうが優れているからそっちをもっと研究した方が良い」などと強引なプッシュをもらった。僕の講演は写真が多いので暗幕を全部閉じてやったが、FISH像は大受けだった。その後short talkではPrevotellaでの遺伝子発現用プロモーターの仕事(スロベニア)、クォーラムセンシングの仕事(チェコ)などが目をひいた。いくつかのポスター発表もあり、その後7時半からイベントとなった。
ホールの前庭でBBQ。フィドル、アコーディオンとベースの3人組みバンドがこの地方の音楽を奏でる。BBQは名産のポークでつくったソーセージやハム、焼き野菜にバゲット、サラダ。BBQ味付けはシンプルに塩とガーリックだった。足りない人はBBQソースをかける。そして大瓶で振舞われた地ビール2種。すばらしい!!キャンパス内の教会が定期的に鳴らす鐘の音も美しく、ぼくたちは絶妙なサイズの学会参加者(68名)との思い思いの会話を夜が更けるまで楽しんだ。そして多くの写真や動画におさまった。企画者のGorazd Avgusatinにお土産を渡す。奥様も来ていたので少し話す。「スロベニアはどう?」「小さいがとてもきれいだ。来る飛行機の窓からブレット湖もみえたし。たぶんここの空港は着陸時の景色については今までで一番ファンタスティックな空港だ」とお世辞をこめて言った。「それが聞けたからもういいわ」が奥様の別れの言葉だった。帰りは招待講演者みんなでホテルまで千鳥足でわいわい言いながら歩いた。
懇親会のバンド到着、背後に教会 BBQマスター(ソーセージめちゃウマ) 地ビールの特大ボトル
スロベニア勢Tadej, Masa, Romana チェコの親友Jan 講演者(右2番目が巨漢Jamie:本文参照)
6月23日
座長とエクスカーション
4時間熟睡+3時間静養。まだ時差ぼけ。今朝はハムとパンのほかに特注でカプチーノを入れてもらった。おいしい朝食こそ一日の原動力なり。ホテルの女主人は非常に親切だった。午前中のセッション「添加物とプロ、プレビオティクス」の座長をチェコの友人Jan Kopecnyと二人でやった。ガーリック抽出物、リーフジュースなどの天然物によるルーメンや大腸制御、バクテリオシンや有機酸、モネンシン耐性などについてのshort talkだった。
セッション後に前庭で集合写真。そしてランチではまたポークがでた。とんテキ、パスタ、サラダ、ケーキ、ジュース也。午後は「ホスト動物と微生物との相互関係」のセッション。Koninkxによるプロビオティクスと腸組織、特にHspやILの発現に関してのものだった。Short talkでは肥満ラットと通常ラットでは明らかに腸内菌叢がことなり、前者はBacteroidesが少なく、EnterococciやLactobacilliが多いとのこと。考察は簡単ではなさそうだ。
夕方からバスに乗ってリューブリャーナ市街へ。最後のイベントだ。大学のある片田舎DomzaleからLjubrjanaまで約30分。ダウンタウンでバスを降り、まず町のシンボル、Ljubrjana城へ。ケーブルカーと徒歩で城の塔の上まで。町全体を見晴らせる格好のビューポイントだ。時報に町中の教会が鐘を鳴らしだした。微妙にエコーがかかって、まさしく中世の感。ヨーロッパはこれがあるからいいねえ。城から歩いて旧市街へ降り、石畳の中世の風情いっぱいの路を歩く。スリーブリッジのあたりが中心街。歴史建造物の並ぶこのあたりは観光客も多い。ライブ、露店、アンティーク市などをみながら各自楽しみ、ディナーは参加者41人全員の入れるスロベニアンレストランで七面鳥などを楽しむ。食後はバスのピックアップ時刻まで思い思い川沿いをぶらぶらした。
リューブリャーナ城から旧市街をみる 旧市街中心部 夕食後Eirwin, Gorazd, Harryと
6月24日
別れ
徒歩で行く。学会も今日が最終日。プロトゾアや真菌の真核生物のセッションだ。Jamie Newbold(University of Wales)がプロトゾアのEST解析の話をした。プロトゾアは繊維分解酵素を元々持っていたわけではなく、後に細菌保有の酵素遺伝子が伝達移動してきたこと、しかもそれが比較的最近の出来事らしいことが使用コドンの選択から推察できる・・・という興味深い内容。今学会で出色の招待講演だった。そのあとJamieはセッションの座長をやったが、持ち前の巨体が作用して、「座長の椅子が崩壊する」というハプニングがおこった。これが爆笑を誘い会場が和らいだのは言うまでもない。Short talkの途中から出席者が少しずつ帰り始めた。もう終わりか・・・とさびしくなる。
昼過ぎに解散。ホテルの荷物をとり、Gorazdおすすめのピザを食べに行く。スロベニアはイタリアと国境を接しており、イタリアレストランも多い。予想の2倍ほどの特大ピザが出され、半分ほど残してしまった。Gorazdに申し訳ない。深く反省。空港まで送ってもらい、各自のフライトに乗り込む。3泊4日をともにしたHarryとErwinはパリ行きへ、Jamieはロンドン行きへ、フランクフルト行きの僕は最後に待合室に残された。他の3人とちがい乗り換え後に長いフライトが待っている。残ったユーロでお土産のクッキーを買う。
出会い
待合室に落ち着かない様子で携帯をいじくっている少年がいる。片手にもった封筒にはなんと「日本語」が書かれている。待合の時間つぶしに話かけた。
「どこへいくの?」
「日本へいく」
「何しに」
「短期留学です」
「日本のどこへ」
「飯田です」
長野県の小都市の名前がでてきたのでさらにびっくり。なんでも政府派遣の高校1年生(16歳)のセバスチャン君で、国外はもちろん、飛行機も初めてだそう。フランクフルトまで同じフライトで、その後僕はANAで彼はJALだ。セバスチャン君、僕と知り合ってとたんに心強くなったらしい。いろいろ話して、名刺も渡した。英語は問題ない。挨拶程度の日本語はできるらしい。飛行機にのりこむと、ぼくの横の席に「ここいいですか?」ときた。チケットに席番号が指定してあるから・・・と彼の席を教えてやる。この先日本まで大丈夫かいな・・・
16歳、単独で日本へむかう Ljubrjana⇔Frankfurt間の小型ジェット
フランクフルトでセバスチャン君は空港職員の誘導により別ターミナルへ。ちゃんとお別れを言えないまま。不安そうな16歳はコンコースの奥へ消えていった。待合室で時間をつぶすには2時間は長い。スカイライナー(電車)に乗りターミナル2までセバスチャンを激励に行った。日本の話をする。彼の行く飯田にはうちの卒業生(後藤君)がいること、小さな町だから親切な人が多いはず、などと教えてあげた。なんだか自分のその年齢の頃を思い出した。一人で言葉もわからない極東の国までいく彼にエールをおくって別れた。
いつものことだが帰りのフライトは日本人ばかり。待合室でもう海外旅行は終止符をうつことになる。またフライトムービー(帰りはオーシャンズ13)を楽しみ、成田着後はうどん屋にとびこみカレーうどんをすする。
約2週間後
セバスチャンからメールが届いた。日本人に打ってもらった日本語のメールだった。
こんばんは、小林さん!お元気ですか?
セバスティアンです!リュブリャナの空港で会いました。あそこで僕を助けてくれました、どうもありがとうございました!! (中略) 僕は元気で幸せです。日本がとても好きです!!今僕はもっと日本について日本で勉強をしたいです。(中略) またお会いできる日を待っています!さようなら!
Kocjancic
Sebastian
コツヤンチッチ セバスティアン 世羽素茶安 :)
最後の漢字名で、彼が同級生とうまくやってるのが良くわかる。しばらく幸せな気持ちを味わった。こちらこそ、ありがとう。お元気で。