ソウル大学訪問記

 

3年ぶり7回目の韓国訪問をした。ソウル大のHa教授とは95年以来の旧知の仲。当時学振の日韓共同研究プログラム(ルーメン真菌の栄養学的意義)を抱えていた京都府立大の牛田教授(当時助教授)に誘われてソウル大を訪問して以来の仲だ。この間、講演依頼で渡韓が3度、逆に教授が渡日し講演してもらったのが2度。北大の学生にも飼料学の講義をしてもらったことがある。いろいろと世話を焼かれ、また逆に焼いてきた。また97年から隔年開催している日韓ルーメンシンポジウムも最初の酒席で提案し、実現に至ったものだ。

 

今回はHa教授が農林水産部門書記官に就任した韓国科学技術アカデミーの招へいでシンポジウム「微生物学を通した家畜生産増進」に呼んでもらった。当初日本から小林(前胃消化)と牛田教授(後腸消化)の2名を招へい予定ということであったが、牛田さんが行けなくなった。そこで代役を三重大の松井助教授にお願いした。彼はブタやダチョウの大腸微生物の専門家であるし、気心も知れている。楽しい2泊3日になりそうだ。そしてもっと楽しみなのが、Suwon(水原)からSeoulに移転した農学部キャンパスを見れることだ。水原キャンパスは軍の基地が隣接し、講義中もジェット音が気になったのを思い出す。なにより韓国民の1/3が集中する大都市ソウルに移転したことで消耗品の調達や交通などの利便性があがったものと思う。学生の活気も違うだろう。ただ、農場は水原に残してあるため現場への密着度は大幅に薄められたように聴く。そのあたりの苦労も聞いてみたい。

 

与えられた講演は質疑こみで60分。パワーポイントでスライド48枚分をあらかじめメール添付でおくっておく。題名は”Rumen fiber digestion: some new aspects from molecular ecology”(ルーメン繊維消化:分子生態学からのいくつかの新知見)としてみた。いつものことだが、パワーポイントを送ると、もう終わった感覚になる。いかん、いかん。フルインビテーションだからしっかりプロの仕事にしなきゃ。

 

6月2日(木)

当初、4月からの講座主任などの業務も考え、その時期は忙しいので・・・という感じで講演依頼を断っていた。相方の牛田教授も断っていたらしく、むこうはヤキモキしたもようだ。で、最後に「じゃあ、そっちの都合のいい時期を指定してくれ、韓国科学アカデミーはおたくら二人にあわせてシンポジウムを開く」ときた。これではことわりようがない。幸い千歳から仁川(インチョン)まで直行便がある。6月2日午後5時すぎにソウル市の西40kmにある巨大国際空港に舞い降りた。昨年1週間北大栄養学分野に滞在研修し、real-time PCR assayを学んでいったポスドクのSung氏と修士学生のKim君が出迎えにきてくれた。相方の松井助教授の到着まで1時間あまり空港のカフェでしゃべる。Sung氏が滞在したとき、実験のお世話した矢吹くん(現・森永乳業)の消息や、彼自身のその後の研究(pHとルーメン細菌の繊維付着反応)についてなどなど。松井さんが到着。一路ソウルのホテルへ。それにしても市内の渋滞はあいかわらず。空港まで電車をとおしてほしいものだ(建設中)。ただ彼らの抜け道知識のおかげか80分程度で江南は南部ターミナル地区のホテルCentorolについた。

 ホテルでHa教授とおちあい、夕食をともにする。チキン唐揚げとソーセージをつまみに韓国の代表ブランドであるOBビールを飲む。明日のセミナーの概要をここで初めて聞かされる。ぼくたち二人のほかに韓国人二人が講演する。来月の内蒙古で開催する日韓ジョイントルーメンシンポの進捗状況、次回のシンポの開催地など実務的な話から、学生の研究テーマや奥さんの近況など私的なことまで話し合った。ホテルの部屋へ戻る。この地区は大通りをはさんで山手が高級住宅地(ここにHa教授のアパートがある)、下町が歓楽街で、新宿は大久保界隈を思わせる風俗店、屋台、ラブホ(玄関にピラピラののれんがかかっている)が林立している。まさに渾然一体ここに極まれりの感。けっこう嬉しくなる。

 

6月3日(金)

ホテルで朝食をとる。韓国でしか食えないものをと思い、「アワビ入りおかゆ」を注文。野菜、アワビ薄切りの入ったおかゆに生卵がおとしてあり、ごまとごま油がかかっているスタミナ朝食だ。Ha教授の車で新装開店したソウル大農学・生命科学部(9階建て)へ。なんと駐車場は学部ビルの地下にあり、冬も夏も利用者に優しい配慮。ピカピカのエレベーターで畜産学科のラボが入っている4階へ。ラボは10年前とは明らかに中身が変わっており、分子生物学・微生物学を中心とした手法に研究がシフトしたことが明らかであった。同じフロアで大きな成果をあげつつあるブタ幹細胞やトランスジェニック研究のラボもみせてもらい、ベランダに出る。この建物はソウルの山の手にあるソウル大キャンパスでも一番奥に位置し、すぐ横には谷川とその横を縫うような散策路が見下ろせる。研究の息抜きに深呼吸をしにくるのに良い。このベランダは必須だな・・・と思っていると、いきなりHa教授はタバコに火をつけた。どうやら教授の喫煙所らしい。

 

 

新しい学部建物              エレベータはピカピカ  

 

新オフィスでご機嫌のHa教授        ラボにて

 

教授室でお茶をいただいた後、学部横のInstrumentation Centerを訪問。ここが実質の今回訪問のハイライト。いわゆる「共同機器センター」で、ひとつのラボや学科でもてない高額な機器がそろえてあり、料金を払って使用できる。センターの職員に案内してもらう。最初にとおされたのが、水質・土壌分析室でガスマス、液クロが多数並んでおり、各地からとどけられる分析サンプルに忙しく従事している学生がいた。顕微鏡室には最新のTEMが設置、マイクロアレイ室には自動アレイ作成装置が、培養室にはコロニーピックアップ装置など、いずれも垂涎の機器が備えられており、このセンターに隣接する農学部の彼らに大きなアドバンテージを感じた。

 

 

ベランダからの眺めは爽快         マイクロアレイ作成機

 

Suwonキャンパスより格段に住環境も研究環境もよい。ソウルキャンパスに移ったことでメリットは明らかに大だ。ただソウルキャンパスは広大すぎ、なかの寮にすむ学生以外はお世辞にも通学至便とは言いがたい。70年代に市街地にあったキャンパスを学生のデモを封じるために郊外の山手に移転させ、かつ出入り口を2ヶ所に限定した政略的な移転だったと聞く。韓国で最高の大学なことは自他ともに認めるところであるが、大きな大学にはそれなりの課題もつきまとうということだ。

 

10時にシンポジウムの会場であるHoam Faculty Houseへ。ここは98年のWCAP(世界畜産学会)開催時にサテライトシンポとして日韓ルーメンシンポをおこなった会場だ。当時基調講演をトップで努めたので、アウェイというよりも準ホームゲームのようなもの。会場前の通路には横断幕でシンポジウム案内と講演者の名前が綴られてある。まず韓国科学アカデミーの会長と副会長に紹介される。会長Chung氏は科学技術庁長官を二期務めた人で現・Myongi Univの学長らしい。この元大臣とコーヒーと軽い会話をともにする。この時点で今日のシンポが極めて重大なものであることを初めて認識する。しまった、何も言ってくれてなかったHa教授の用意したサプライズか、はたまた策略か・・・

 

  

シンポジウムの横断幕           アカデミー会長(元大臣)による開会の辞

  

小林の講演                会長から記念の盾をいただく           

 

いよいよシンポの始まり。元大臣から開会の辞。Ha教授の挨拶のあと、午前中は僕の講演。本場の石焼ビビンバのランチをはさんで、午後3名(Song教授、松井助教授、Ha教授)の講演だ。以前半年ほどハングルをかじっていたため長めの挨拶くらいはできる。韓国でのセミナーや講演のおりには必ず入れるのだが、いつものように大受けした。これで聴衆がぐっと和らぐ。僕の講演内容はルーメン繊維消化における細菌付着についてだが、イントロのあと、3月に修了した矢吹君の仕事(real-time PCRによる繊維付着コンソーシャムの解析)と現修士1年の後藤君の仕事(未培養ルーメン細菌群の動態解析)を中心に50分あまりしゃべった。講演後は、繊維消化においての真菌の役割、アルファルファステムの消化率が低い理由、繊維分解関連菌群の種類と繊維分解関連酵素の種類との関係、などが10分の質疑の対象となった。問題なく対応した。

 

ランチ後に三重大時代に遺伝子操作研究であずかったことのあるKam君(飼料会社勤務)をみつけた。奥さん(ソウル大の後輩で前回チェジュ島シンポのときは学生だった)を正式に紹介してもらった(前回は秘密の仲だったので公けの紹介はしてくれなかった)。中華系の会社なので頻繁に中国出張にいっているらしい。彼はコーネル大に留学後格段に英会話がうまくなった。幸せそうな暮らしぶりを話してくれた。残念なことに夫妻の写真を撮るのを忘れてしまった。

 

午後の講演でSong教授が共役リノール酸を増す飼養要因について話し、松井助教授は単胃家畜のダチョウとブタの大腸細菌を紹介した。松井氏は結論で、異なる草食獣の菌叢を比較することで繊維分解生態系とは何なのかを特定できるだろうと示唆した。手間のかかるアプローチだが、まったく同感である。最後のHa教授はTween80などの界面活性剤の餌への添加投与効果について、基礎と応用双方のデータを示しながら解説した。この物質はルーメン細菌のもつ各種酵素を細胞膜の透過性を高めることで細胞外へ溶出させ、飼料消化促進を通して乳生産や乳脂肪率の向上をもたらすらしい。飼料用Tween80はキロ20円程度なので、5g/日の投与で乳量が3キロ増えるなら「革命」という言葉も大げさではない。ただし効果の十分な検証が必要だろう。

 

 

記念盾(氏名と演題入り)と紅人参茶    韓国民族芸術館の界隈

 

シンポ後にはHa教授に連れられ、南部地区のハイライトである博物館・美術館群の周辺を歩いた。ここは彼の散策路にあたるらしく、アートな建物が夕方ライトアップされ良い雰囲気になる。丘の上からは現代財閥のつくった高級マンション「スーパービレ」が都会的にそびえたつさまが見れた。最初にきた20年前とくらべ、ソウルも大変革を遂げたものだ。特にこの江南区域は。夕食はシンポ出席者の主な人たち計10名ほどで、居酒屋に行った。ここは多くの種類の小皿が次々に楽しめ、2年前から辛いものが食えなくなった僕としては選択範囲が増えて助かった。アマダイの干物やカキの塩辛は絶品でした!ごちそうさま。日韓シンポが毎回派手になり「学生の英語発表の場を提供する」という当初の原理が揺らいでいるため、これを是正すべきであることを確認しあった。このあと上機嫌のHa教授が僕と松井氏を連れて2次会へ。タクシーの初乗りは200円くらいで、20円刻みでメーターが上がるものだった。ホテルにもどったのは12時前。前回は不覚にもタクシーをストップさせ道端でゲロってしまい、いつまでもHa教授にからかわれるネタを提供してしまったが、今回は紳士で通せた。 

 

 

韓国料理の数々(わたりカニの醤油付け他)  ディナーの店で集合写真

 

6月4日(土)

6時半におきる。未明のバーレーン戦はどうなったのだろう?TVをつけるがウズベクと引き分けた韓国のことしかやってない。ユンテ(Kim)君が迎えに来た。「韓国引き分けたね」「はい、若いFWが活躍してくれました」「ところで日本の結果知らない?」「知りません。韓国は引き分けました」一路インチョン空港へ。早朝だが車が多い。チェックインカウンターはすでに長蛇の列。韓国はいまだ完全週休2日制になっていないが、第1週の土曜、つまり今日が休日とのこと。それに拍車をかけるように航空会社が割引をしたために多くの旅行客が空港にかけつけたのだと彼はいう。カフェで朝食をおごりながら30分ほどしゃべる。彼は豪、米などに単身バックパックで長期旅行にいく若者で、英語も達者だ。「修士おわったら博士になるのか?」ときくと「あなたはボスみたいな事をきく」と笑いながら、「これからやる研究しだいだが、がんばってやるし、たぶん科学者志望だ」とのこと。そういえば昨日ぼくの講演の直後に「いかにも勇気を出して」話しかけてきた女子学生も、菌叢解析をReal-time PCRでやりだしたばかりだが「ヤル気」がみなぎっていた。英語もペラペラの様子で、「さすが泣く子も黙るソウル大生」というところをみせてもらった。来月内蒙古でおこなわれる日韓ルーメンシンポでの彼らの研究発表が今から楽しみだ。

 

思い出せば85年に初めてきたソウル。シェラトンウォーカーヒルホテルで生まれて初めての英語口頭発表をした。米国人の質問がききとれず恥をかき、あとで関根先生(前鳥取大教授)に「(同じ日本人として)恥ずかしかったよ」とキツーイ激励を受けた。これが僕の英語発表の原点だ。30歳過ぎてからの英会話教室、米人牧師の聖書クラス、ヒアリングマラソンなどに時間と金をかけた。ガーナ人留学生アイザック(現イリノイ大助教授)への指導、さらに自分の留学先(カナダ農務省)での辛酸を経て現在がある。思えば遠くへきたのかもしれないが、まだまだ旅の途上である。人間これでよしとすれば進歩はとまる。7月には内蒙古で日韓ジョイントシンポを成功させる使命があるし、来年は2年ぶりのスコットランドへ行く約束をドクター院生としている。

 

帰りはジェット気流に乗るのでわずか2時間10分のフライト。もはやソウルは国内旅行の距離だ。多くの韓国人が千歳に降り、入国審査のブースはこれまた長蛇の列であった。「こんなに並ぶのひさしぶりだねー」って空港職員のびっくり会話を耳にしながら、日本人用のブースをすりぬける。駅売りスポ新でバーレーン戦の結果をみるべく、足早にJR空港駅をめざした。

 

4日後の

6月8日(水)

日本は北朝鮮に2:0で勝利し、3大会連続W杯出場を決めた。試合終了直後に、なんとユンテ君からメールが届いた。

I watched football game on TV tonight. Japan got a ticket for Worldcup. Congratulations~~~!!!
 
ありがとうね。で、韓国はどうなったの?