ユートピア・プサンの巻
2006年9月18−22日の6日間にわたり韓国プサンにて第12回AAAP畜産学会(アジア・オセアニア畜産学会)が開催された。小林、小池(PD)および中村(M2)の3名は、部分参加し、研究発表、座長、そして国際交流にいそしんだ。小池さんは日本畜産学会若手研究者派遣補助をうけた学会参加である。
今回は中村君の宿泊先に対する鼻効きが秀逸で、すばらしい滞在をすごせた。僕たちが泊まったのは、プサンでも観光客が居ない水営(Suyeong)地区にあるビジネスB級ホテル(Busannavi.comによると2級の表示)ユートピアホテルであった。その名に恥じないホテルであり、かつお値打ちの宿だった。以下に学会参加期間中の僕たちの活動を防備録として記す。
9月17日(日)
中村君は友人の結婚式出席のため一日遅れで合流することにしたため、小池氏と小林で千歳をたった(14:05発JAL5204)。ちょうど台風が九州西岸を北上しており、僕たちがソウル経由でプサンに到着する夕刻は一番ヤバイ時間帯である。17:05インチョン着。乗り換えのギンポまでのバス乗り場で畜牧の遠藤君にあったので行動を共にした。ギンポに着くと中はガラガラで、ひょっとして・・・との予想?どおり、南方面行きのフライトはことごとくキャンセルされていた(写真参照)。
欠航、欠航、欠航・・・それも結構! こんな肉鍋にありついた(犬肉?)
ひょんなことでスケジュールが狂うのも旅の醍醐味である。さっそく大韓航空のカウンターで翌朝のプサン行きフライトにシフトしてもらい(小林)、旅行案内所でギンポ近くのホテルを紹介してもらった(小池)。安堵の表情の遠藤君。
エアポートホテルのピックアップサービスでホテルまでいき、チェックイン後、界隈で夕食となった。観光客のいない地区なので、メニューもすべてハングル、英語も通じない。ここまで小林・小池コンビについて来るだけで楽をした遠藤君に注文の労をとってもらうことになった。おねえちゃんを呼んだまではよかったが、
遠藤「・・・・・・・」
おねえちゃん「???」
遠藤「・・・・・。・・・ニホンゴ。・・・いいですか?」
おねえちゃん顔色をなくす。(遠藤君はとっくに顔色をなくしている)。
おねえちゃん、奥に引っ込み、主人をつれてくる。
主人「・・・・ムニダ・・・デヨ」。
遠藤「??・・・・???」
何も通じていない。
見かねた小池さんが本の写真を示して、「こんな感じのやつ」を注文。主人も観念して、勝手にアレンジしてくれてでてきたのが、何の肉かわからない肉鍋。はじめての食感。でも食えたので安心。あとでガイドブックでしらべると犬の肉に似てたのがちょっと不安・・・コムタンという牛の内臓と骨の白いスープもなかなかの味だった。ビールで乾杯し、明日以降の無事を祈る。その後ホテルで軽く酒盛りをして寝た。
9月18日(月)
ホテルスタッフが車でギンポ国内線ターミナルまで送ってくれた。空港で軽い朝食。プサンまではわずか1時間。ここで高級ホテルに泊まる遠藤君と別れ、僕たちは違うリムジンバスで下町へむかった。「完全アウェイです」と不安そうな遠藤君を見送りつつ。
バスを下車して流しのタクシーを捕まえ、ユートピアホテルへ。大阪の十三界隈に似た雰囲気の場所にたたずむビジネスホテルだ。チェックイン後、地下鉄で学会会場のBEXCOへ。ここは真新しい会議・展示場である。
学会会場のBEXCO。でかくて新しい 受付のブース
メインの講演会場 さっそく座長のお仕事(韓国のSong教授と)
案の上、台風の影響でこの日に来られない出席者が多く、僕が座長をつとめた初日のLarge ruminantsのセッションは後半がすっぽりキャンセルとなった。トップで講演をつとめた茨城大の豊田さんも講演の10分前に到着するというちょっと同情する状況であった。座長は司会以外の仕事として、発表評価がはいっており、プレゼンに対して「質疑」、「スライド」、「しゃべり」などの項目別に点数をつける義務を負わされた。この時は表彰に関わるものだとは気づかなかった。
韓国側の多くの友人と出会い、先週あったばかりの杭州軍団とも話をした。去年ソウルへ招待されたときに近い研究(ルーメン菌の繊維付着)で話して以来のミンジは、修士修了後バイオベンチャー企業のコンサルタントにおさまっていた。ロングヘアーに髪型を変えた彼女は最初見間違えたが、元気そうに近況を話してくれた。昼食はゲルフ大(カナダ)のCecil Forsbergやソウル大のJong Ha教授、小池さんらと韓国定食をとった。キムチが辛すぎてセシルは難儀していた。彼の開発したフィチン酸分解酵素分泌トランスジェニック豚の話にふると、キムチをいじる手をとめて嬉しそうに語りだし、パンフレットまでくれた。Enviropigという商標がついており、これまで有機リン垂れ流しの養豚に革命をもたらす夢の技術といえる。実用にはトランスジェニック動物飼養という大ハードルが待ち受けているが、畜産基礎科学の可能性を示した偉業である。セシルはルーメン内繊維分解菌Fibrobacter研究の開祖だが、あと1年で定年退職だそうだ。
夜はウェルカムレセプションだ。小池さんを浙江大の人たちに紹介する。お決まりのソウル大の旧知とも交流後、ホテルに戻って本格的に食事をするため、ホテル界隈を彷徨った。やはり英語も日本語も通じない。あとは旅人としての勘のみである。ふらっと入った2階のパブで、隣のテーブルを指差して「あれ下さい」とボディランゲージ。「あれ」が何なのか定かでなかったが、もうトライするしかない。石鍋にアツアツで届いたのは、激辛だが、なんとも旨い海鮮チゲで、鱈のアラ、卵巣、精巣に野菜が入っている。大当たり!でこういうときは何とも幸福な気持ちになる。
ビールも進むころ、ふと2階の窓から外をみると、見たことのある人影が大きな荷物を持ち街角をうろうろしているではないか。「テッシです」と小池さんが走って下に降り、ユートピアホテルを見つけられなかったテッシ君もホテルより先に海鮮チゲにありつくことができた。この後あらためて乾杯し、良い時間をすごせたのは言うまでもない。
浙江大の学生たちと1週ぶりに再会 僕たちを感動させた海鮮チゲ(タラ白子ほか??入り)
9月19日(火)
今日は中村君の口頭発表だ。彼は研究室分属の前、1年間休学してカナダ留学を経験していただけに英語はかなりできる。口頭発表で申し込みを勧め、今日を迎えたわけだが、座長がなんと知己のChris McSweeny(豪・CSIRO)だった。いつものように国内・国際学会を問わず家畜栄養学の学生は何も見ないでの発表を課される。これは人の顔をみながらしゃべるのとおなじで、圧倒的に印象が良い。中村君は当然のように丸暗記しながらも噛み砕いた自分のしゃべりに消化してのぞんだ。10分発表後2分の質疑応答。韓国のSong教授から質問がきた。この教授の英語はわかりにくいので有名(失礼!)。聴衆も何の質問かわからず、会場がざわざわし始める。座長のChrisもけげんな顔だ。ぼくが共著者として手を上げ「質問内容が定かでないが、私たちの研究の目的とそれに対するアプローチはこうなんです」と説明する。聴衆も座長もうなずく。これで僕らの勝ちだ。結局、本人の勘違いによる質問であったことがわかり、中村君、汗の中終了。中休みに入る。
座長のChrisに礼を言いに行き、中村君を紹介する。ついでに記念撮影。Chris からは「良い点数をつけておいたから」と告げられる。なるほど、堂々とした英語で、かつわかりやすい工夫をこらしたパワーポイントなので評価されて当然だよね。よかったね。テッちゃん。
発表後の中休みでは浙江大の人たちから祝福や質問がきていた。発表で印象を刻み、名前を覚えてもらい、友好関係を築く、そしてまた次の学会で再会し、同じことを繰り返し、ステータスを確立する。これが国際学会出席の本道である。学会そっちのけで遊びに出て、そこでの武勇伝??をネタにしたり、つるむのは日本人ばかりでは、何のために国際学会に来たのかわからない。家畜栄養学の学生はその意味でまさに正道を歩んでいるし、そうなるようにわが身で示してきたと思うので、これでいいのだろう。
緊張のテツシ(横の美女にも気づかない) 英語発表を流暢にこなすテツシ。
座長のChris McSweeneyにお礼を 後日貫禄の口頭発表をした小池さん
昨日、ソウル大のオンテ君に「夕食どっか連れてって!」とお願いしていた。彼は広安里(クァンアルリ)ビーチの海鮮居酒屋に連れて行ってくれた。ソウル大の学生やOB連中と我々で計13名の大集団となる。Jong Ha教授は、学会の重鎮や招待者との会食らしく、OBいわく「本当はこっちに来たかった」。それがみえみえの表情で、学会場前で別れた。広安里界隈は1Fが生け簀、2Fが居酒屋のつくりの店が林立しており、のぞくだけでもおもしろい。
前菜の漬物類に続き、タコの生き造り(足がニョロニョロ動く)、平目の刺身、すし(すしメシにはゴマとゴマ油が混ぜてある)、焼酎、焼酎、焼酎と来る。その後、海鮮春巻き、海鮮チゲ、ごはんでしめ。僕たちはかわるがわる杯を交換し、多くの写真におさまった。まさに韓日交流ここにきわまれり。OBのKoさんたちが全額もってくれた。丁重にお礼をいう。
完全にできあがった13名はビーチで花火合戦に興ずることになる。その盛り上がりぶりは貼り付けた写真から感じ取っていただきたい。これらの韓国人の中には今日初めて紹介された人もいれば、昨年のソウル大でのシンポに招待された時に意気投合したオンテ君、7年前からの知己KoさんやKimくん、2年前にラボに研修にきたSungさん、英国で活躍するEujunさん(彼は我がラボに6年前にきたJoan Edwardsの同僚)などがいる。なにより12年来の友人Jong Ha教授の息のかかった人達だ。これからもこの関係は続くだろうし、大事にしたい。そしてこのような関係の大切さを国際学会初参加の中村くんは感じ取ってくれたに違いない。
広安里ビーチ沿いの海鮮居酒屋から夕景 広安里の居酒屋前にて こんな魅惑的な居酒屋だらけ!
1階の水槽でいろいろ泳いでいる 2階の座敷で刺身がでる それをたべながら国際交流
食後にビーチで花火大会 発表終わったテツシ、はじける 発表まだ終わってないがはじける小池さん
花火売りのおばちゃんにまではじける小池さん。おばちゃんにとおせんぼする小池さん。居酒屋界隈の夜景。
9月20日(水)
二日酔いだ。でもがんばって7時におきる。今朝の一番の基調講演の座長を頼まれている。会場につくとやはり人が少ない。最初の講演者に申し訳ない。このセッション(Animal Biotechnology)ははっきりいって僕の専門外である。しかしシドニー大のWhynn教授の乳牛育種に対する新しい方向性を打ち出した講演は大変刺激になった。カンガルーの乳汁中に特定時期に発現する成長因子についての話題であった。2題の講演をしきり、本学会での僕の公務は終了した。その後ポスターをまわりながら若手の活性を見る。
午後からはサテライトシンポであるRecent Advances in Ruminant Nutritionにでる。とにかくこのサテライトは演者の顔ぶれからして今回のプサン行きのハイライトである。案の定、ルーメン微生物学関係者が集合した。まずChrisによる分子的手法による研究紹介があった。やや迎合しすぎというか階段をおりすぎというか、トップを努めるとやはりこうならざるを得ないのかな。次にCecilによるFibrobacter succinogenes研究の総論。これまで聴いた国際学会の講演の中でも十指に入るほどの内容とわかりやすさで、かつ示唆にとんだものだった。やはりFibrobacterは重要だしルーメンやるからには避けて通れない。うちのD3真貝君に聞かせたかった。浙江大のLiuさんが消化にかかわるassociative effectについて持論を展開した。三森さん、加藤さんと続き、中身の濃いサテライトシンポは幕を閉じた。ぼくは明日帰国するので、浙江大やソウル大の皆に別れの挨拶と再会の約束をし、BEXCOを後にした。
夕食は板橋先生、藤原先生たちと焼肉にした。そういえばまだカルビを食べていない。先生らの滞在している海雲台のロッテホテル近隣のけっこう高級な焼肉屋で最後の晩餐をとった。その後、僕たち3人はそそくさとユートピアホテルに戻り、その界隈の屋台で2度目の最後の晩餐をとった。最後は冷麺でしめたかったので、フロントのおじさんに聞くと、「夏のメニューだからもうない」といわれた。でも彼はわざわざ屋台まで案内してくれ、僕たちのために注文までしてくれた。そして運ばれた料理は・・・絶品B級であった(写真参照)。キムチ巻き(キムパプ)と韓国風にゅうめん。にゅうめんの韓国名は不明だが、出汁がジャコ系でおいしかった。ホテルまで徒歩1分。ホテル前には焼酎CMの美女の看板と大きなタペストリ。これもってかえりたいよね。全員で記念写真に納まる。かくして最後の夜は終わった。
ユートピアホテル玄関に持って帰りたい看板あり。 すっかりはじけたテツシ
ホテル近くの屋台でくったキムパブとにゅうめん。 屋台全景(24時間営業)
9月21日(木)
翌朝のタクシーをフロントにたのんでおいたが、その30分前に頼みもしないモーニングコールがきた。そして5分前に再度確認のベルが。1Fにおりると、タクシーが待っており、乗り込むとフロントの兄ちゃんが「ギメ、ジュセヨ」とプサン金海空港までと告げてくれた。いたせりつくせりの優しいB級ホテルであった。
かえりはソウルインチォンで乗り継ぎだが、JALではなく大韓航空のF56のバゲージなしのカウンターでcheck in。Lブース裏のコーヒー屋はおいしいのでお薦め。札幌までのフライト(10:10発JAL5208)はラッキーにも美女の隣。論文書いてたらむこうから話しかけてもらった。彼女はソウルの私立大学の名門、世宗大学の事務員さんで3泊4日で同僚とパック旅行とのこと。北海道のことをいろいろ聞かれる。千歳の入国審査で別れるまでおしゃべり続きの楽しい帰路だった。
ポスター会場 基調講演で座長(最後のお仕事) 学会会場玄関。2年後はベトナムらしい。
このころプサンではSmall ruminantsセッションに入った小池さんが稲ワラに付着するルーメン細菌の種毎の定量結果をしゃべっていた。テツシ君によると態度も堂々としており、安心してみることができた(なにを生意気に)。ここでは一聴衆だったChrisから質問が来たらしく、もちろん小池さんしっかり対応したそうな。
約1週間後
前・畜草研場長の渡辺先生からメールをいただく。この先生とは4年前にニューデリーの学会で知り合い3日間をともにした。何だろう?・・・といぶかしげにメールを開く。
「小林先生。先生の教室のTetsushi Nakamuraさんが、AAAP, BusanのYoung Scientist Excellent Presentation Awardに選ばれました。21日14時からの閉会式で表彰式がありました。当日ご不在でしたので、私が代理で賞状、副賞300ドルを受け取り、預かって帰りました。25日書留郵便で先生宛お送りします。よろしく中村さんにお取り次ぎください。おめでとうございます」
やったね。テッちゃん。行く前にあれだけ僕と小池さんからプレゼンのチェックをうけた甲斐があったよね。いやだったかもしれないけど、僕らの愛のムチだったんだよ。すぐに帰省中の彼に電話。電話の向こうでなんとも和らいだ声。
その数日後、賞状と賞金300ドルが僕宛に届いた。さっそく彼に渡した。その後日本畜産学会のHPや会報にも掲載され、公に知られることとなった。
・ ・・あれから、半年。卒業式の昨日、彼からの還元があった。「感謝」とかかれたのし箱には、高級赤ワインが2本入っていた。・・・ありがとう。そしてお元気で。