遺伝繁殖学研究室

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アクセス2023/11/2 小栗紀彦先生 御逝去


2023年9月2日に当研究室卒業生の小栗紀彦先生が御逝去されました。享年81歳でした。

小栗先生は、昭和42年(1967年)3月に本学農学部を御卒業され、昭和44年(1969年)3月に畜
産学科修士課程を修了されました。その後、昭和46年(1971年)1月に本学農学部付属農場
の助手として御採用され、昭和57年(1982年)10月に農水省畜産試験場に転出されるまでに
、ウマ初期胚の非外科的移植方法を各国に先駆けての開発のみならず、ウマ初期胚の凍結
保存による個体作出にも世界で初めて成功されるという輝かしい研究業績を挙げられまし
た(Journal of Reproduction and Fertility誌: 現Reproduction誌, 1974年, 41巻p313-320)。
この成果の一部をもって、昭和57年(1982年)12月に学位論文をおまとめになりました (タイ
トル「馬における非外科的胚移植 (Non-surgical embryo transfer in mares)」、北海道大学
)。また、家畜繁殖生物学会において昭和60年(1985年)に学会賞(佐藤賞「ウマの胚移植に
関する研究」)を御受賞されました。
農水省への転出後もウシ、ブタの胚移植技術の確立、普及および人材育成に精力的に取り
組まれ、特に現在のブタの胚移植技術の土台を築かれました。
その後農水省を退職して帯広畜産大学に寄付講座として新設された総合馬学講座の教授と
して着任され、ウマの繁殖研究および教育の道を歩まれました。帯広畜産大学をご退職後
は帯広市内に「臥龍(がりゅう)窯」を築窯し、北海道十勝の農作物(小麦、そば、長芋、
小豆、大豆、手亡)の殻を焼いて灰で釉薬を作り、奥様とともに作陶をされていました。
高橋が学部4年次に当研究室(当時は家畜育種学講座)に分属になった時には小栗先生は
すでに茨城県の農水省畜産試験場に移られており、直接接点はありませんでしたが、卒業
後に農水省に入省し畜産試験場繁殖部(当時)の別研究室に配属され、小栗先生と数年間ご
一緒させていただく機会を持つことができました。その時期は家畜バイオテクノロジー研
究、技術普及に向けて国、大学、都道府県試験研究機関が胚移植、体外受精、クローン研
究に精力的に取り組んでいた時期で、その中でも実用普及の核であった胚移植研究の最先
端に従事されていた小栗先生のご活躍に触れることができた非常に貴重な機会でもありま
した。
他方で、研究以外での一個人としての小栗先生との接触を持たせていただく機会でもあり
ました。
その一部の話として、試験場の廊下や駐車場でお会いして挨拶をすると「ちょっと5分い
い?」と止められ、そのまま2-3時間立ったまま熱く語る話に付き合わされ、終わった際に
は「忙しいのに」とぼやかれて反応に困ったことも数知れずありました。小栗先生は、少
年をそのまま大人にしたようなストイックさでとにかく全力突進でそれが裏目に出たこと
も少なからずありました。話に熱がこもってくると大きな身振り手振りで熱く語り、物ま
ねの得意な研究員がよく小栗先生の物まねをしていたことを今でもはっきりと覚えていま
す。
研究に関してもエピソードは数知れませんが、ごく一部として、静内の付属農場でウマ胚
の研究に従事されていた際には、現在のような衛生的な胚の操作環境がなかった際に、子
宮灌流液をたらいで回収して、そこからスポイトで胚を採取したなど、限られた研境でも
工夫をされて研究を進められていたことや、農水省畜産試験場でブタ胚の移植をされてい
た際には、温度感受性の高いブタ胚にストレスをかけないように採卵室、移植室内の温度
をブタの体温と同じに37℃にした中で術者たちと一緒に大汗をかきながら外科的採卵、
移植を実施されていたこと、当時、地域に蔓延していたオーエスキー病感染防止対策の一
端として、エチレンオキサイド(EO)ガス滅菌後のガス除去が不十分な作業着を目をしばた
かせながら着ての作業、さらには、胚移植作業中に衛生エリアから出ることなく、EOガス
滅菌処理をしたカップ麺を食べていたという武勇伝(?)も聞いていました。
北大農学部の当研究室の研究の側面における起源は、日露戦争後に立案、実行されたウマ
の大型化改計画である馬匹改良増殖にあり(参照: HP研究室の歩み)、小栗先生はその先人
たちの遺伝子を受け継ぎ大きく開花発展させました。先生の御業績は、家畜繁殖生物学に
おいて日本が世界をリードした証しでもあります。偉大なる先輩として後輩たる我々一同
は、小栗先生の驥尾に付すことすらままなりませんが、先生の研究への情熱と開拓精神と
いう遺伝子を絶やさぬように鋭意邁進する所存です。
小栗紀彦先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
文責: 高橋昌志、川原学



学生時代の小栗先生。本学農学部本館南側の玄関にて。(左から二番目)